米国リコール危機対応(2010年・トヨタ自動車の決断)

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論点 品質保証の体制をどう立て直すか
トヨタ自動車:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
市場処置費用の見積り方まで変えた品質保証体制の組み替え

何をなぜ決めたか:市場処置費用の見積り方まで変えた品質保証体制の組み替え

概要

北米では2009年11月、フロアマット問題でセーフティ・キャンペーンに踏み切った。2010年1月にアクセルペダルの不具合で北米・欧州・中国等のリコールを決め、2月には日本・北米・欧州等でプリウスなどの制動装置も対象にした。同じ2月、豊田章男社長が米下院の公聴会に出席した。3月30日には、社長自身が委員長を務めるグローバル品質特別委員会が最初の会合を持った。

費用の見積もり方も変えた。将来のリコール等の市場処置の費用は、それまで個別に見積もっていたが、2010年3月期の第4四半期からは過去の発生状況に基づき、製品を売った時点で包括的に見積もる方法も併せて使う。これで繰入額は105,698百万円増えた。

背景

2009年3月期の北米は売上高6兆2,229億円、営業損失3,902億円と、生産・販売台数の減少に加えて米国の販売金融子会社の貸倒関連費用と残価損失関連費用がふくらみ、赤字を計上した。その3か月後、2009年6月に社長に就任したのが豊田章男氏である。まず取り組むべきは、金融危機で低下した収益を回復させ、急いで広げた体制を締め直すことだった。意図せぬ加速への不信がそこに加わり、2010年3月期には北米の売上高がさらに減って5兆6,705億円となる。この期の自動車事業の業績には、公表済みの市場処置にかかった費用と、北米を中心とした売上減の両方が反映されている。

内容

2010年2月、豊田章男社長は米下院の公聴会で、事態の責めは自身が負うと認めて責任の所在を自らに引き取り、販売の量より先に安全と品質を置く優先順位を掲げた。3月30日に初会合を開催したグローバル品質特別委員会は、各地域の品質責任者CQO(Chief Quality Officer)と技術・生産・管理など社内各機能の代表が一堂に集まり、外部専門家を交えて改善計画の立案と進捗管理を行う場となった。

重点項目に据えたのは、リコール等の市場処置決定の仕組みの構築、情報収集力の強化、タイムリー・的確な情報開示、製品の更なる安全性と安心の向上、人材育成の5つ。専務レベルの品質機能会議は年5回から年3回に改め、同委員会を年2回程度開く体制とし、2010年5月には技術部内に設計品質改善部を新設した。

含意

リコール等の市場処置にかかる債務は、2009年3月末の139,577百万円から2010年3月末に301,422百万円へふくらみ、2015年3月末には755,050百万円に達した。見積り方を改めたことで、市場処置は起きてから数える例外ではなく、売った台数だけ積み上がる残高として貸借対照表に載るようになった。

費用の決着は長く続いた。米連邦高速道路交通安全局とは2010年4月に16,375千米ドル、12月に32,425千米ドルで和解し、経済的損失をめぐる連邦統合訴訟の和解などに2013年3月期に11億米ドル、ニューヨーク州南部地区連邦検事局との起訴猶予契約に2014年3月期に12億米ドルを計上した。同契約により、安全関連の情報提供に関する社内規則や手順は独立モニターの確認を受けることになり、意図せぬ加速をめぐる人身傷害の訴訟は、なお損失の範囲を予測できない段階にあった。

いつ何が起きたか 13件
考察:危機を仕組みに変える
考察

考察:危機を仕組みに変える

この対応の芯は、謝罪でも委員会の設置でもなく、リコール費用の見積り方を変えたところにある。それまで市場処置の費用は、処置が決まるたびに個別に引き当てるものだった。2010年3月期の第4四半期から、過去の発生状況を基礎に製品を売った時点で包括的に見積もる方法を併用したことで、繰入額は一度に105,698百万円増えた。これは、市場処置を「起きてから数える例外」から「売った台数だけ確実に生じる原価」へ置き直す会計上の宣言に等しい。品質のガバナンスを組織図で語る前に、費用を認識する時点を販売時点まで引き上げた——そこにこの対応のいちばん硬い部分があったのだろう。

もっとも、それで不信が晴れたわけではない。意図せぬ加速の真因が定まらないまま争点は情報開示のあり方へ移り、2014年3月の起訴猶予契約では、安全関連の情報提供に関する社内規則や手順が独立モニターの確認下に置かれた。問われたのは品質そのものよりも、品質に関する情報を誰にいつ伝えるかだったのだろう。委員会が重点項目に情報収集力の強化とタイムリー・的確な情報開示を並べていたのは、その先取りだったのかもしれない。製造業の危機管理が、直す力ではなく知らせる力で測られるようになった転換点だったのではないか。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

トヨタ自動車:北米の売上高と営業利益の推移

売上高(億円)営業利益率(%)
トヨタ自動車:北米の売上高と営業利益の推移
(億円) 売上高営業利益 備考
2006年3月期 76,8794,956 米国会計基準。IFRSの適用は2021年3月期からで、この窓は全期間が同一基準
2007年3月期 90,2974,496 テキサス工場の立ち上がりに伴う一時的な費用などで減益
2008年3月期 94,2323,053 販売金融子会社の金利スワップ取引などの評価損が667億円増加
2009年3月期 62,229△3,902 生産・販売台数の減少と販売金融子会社の貸倒・残価損失関連費用の増加で営業損失
2010年3月期 56,705854 公表済みの市場処置で生じた費用と、北米を中心とした売上減を織り込んだ数字
2011年3月期 54,2913,395 販売金融子会社の貸倒関連費用の減少と生産台数の増加で4.0倍の増益
2012年3月期 47,5181,864 生産・販売台数の減少と販売金融子会社の貸倒関連損益の影響で減益
2013年3月期 62,8442,219
2014年3月期 81,1703,260
2015年3月期 96,7755,845
出所:トヨタ自動車 有価証券報告書 第102〜111期(所在地別セグメントの業績・米国会計基準)
出所:トヨタ自動車 有価証券報告書 第102〜111期(所在地別セグメントの業績・米国会計基準)

トヨタ自動車:品質保証にかかる債務の推移

リコール等の市場処置にかかる債務(百万円)製品保証にかかる債務(百万円)
トヨタ自動車:品質保証にかかる債務の推移
(百万円) 品質保証にかかる債務リコール等の市場処置にかかる債務 備考
2009年3月期 568,834139,577 製品保証引当金は429,257百万円。市場処置の債務は翌期の注記で遡って示された
2010年3月期 680,408301,422 第4四半期の見積方法の変更により、市場処置の繰入額が105,698百万円増加
2011年3月期 764,369389,499 当期支払額は263,096百万円
2012年3月期 839,834468,697
2013年3月期 1,003,023566,406 経済的損失に関する和解などの費用11億米ドルを計上した期
2014年3月期 1,154,021680,475 起訴猶予契約に基づく12億米ドルを計上した期
2015年3月期 1,328,916755,050
出所:トヨタ自動車 有価証券報告書 第106〜111期(連結財務諸表注記「製品保証およびリコール等の市場処置」・米国会計基準)
出所:トヨタ自動車 有価証券報告書 第106〜111期(連結財務諸表注記「製品保証およびリコール等の市場処置」・米国会計基準)

危機の経緯と会社の対応

危機の経緯と会社の対応
科目 概要 備考
フロアマット問題の市場処置 2009年11月にセーフティ・キャンペーン 北米でのちに車種を広げた措置で、フロアマットにアクセルペダルが掛かって戻らないおそれに対処した
アクセルペダルのリコール 2010年1月に実施を決定 北米、欧州および中国等。アクセルペダルの不具合に関連した特定車種
制動装置のリコール 2010年2月に実施を決定 日本、北米および欧州等。プリウスなどの制動装置に関するもの
グローバル品質特別委員会 2010年3月30日に第1回を開催 豊田章男社長が委員長。地域単位の品質管理の徹底でグローバルな品質保証体制の強化を目指す
委員会の重点項目 市場処置決定の仕組みの構築ほか5項目 情報収集力の強化、タイムリー・的確な情報開示、製品の更なる安全性と安心の向上、人材育成
品質責任者の新設 各地域にCQO(Chief Quality Officer) 社内各機能の代表と一堂に集まり、外部専門家を交えて改善計画の立案と進捗管理を行う
会議体の組み替え 品質機能会議を年5回から年3回へ 専務レベルの会議で品質保証体制や仕組みを点検。特別委員会は年2回程度の開催とした
設計品質改善部の新設 2010年5月 技術部内。お客様の声の設計への反映、図面品質の向上、人材育成を目指す
費用の見積方法の変更 2010年3月期の第4四半期から併用 従来の個別に見積もる方法に加え、過去の発生状況を基礎に製品販売時点で包括的に見積もる
見積方法の変更による影響 繰入額が105,698百万円増加 営業費用ではリコール等市場処置費用の見積変更の影響による費用の増加1,057億円
市場処置にかかる債務 301,422百万円 2010年3月末の残高。2009年3月末は139,577百万円
米当局の調査 NHTSAから3件の正式な問い合わせ 2010年1〜3月。TQ10-001・TQ10-002はリコール発表のタイミング、RQ10-003は対象範囲
召喚状の受領 2010年2月 ニューヨーク州南部地区の連邦検察官と米国証券取引委員会。意図せぬ加速に関する書類等
NHTSAとの和解 16,375千米ドル 2010年4月19日にTQ10-002で和解し米財務省へ支払い。違反の主張は否定した
NHTSAとの和解(2件目) 32,425千米ドル 2010年12月20日にTQ10-001・TQ10-004で和解し米財務省へ支払い
提起された訴訟 意図せぬ加速の集団訴訟が約200件 2009年11月以降。ほかに人身傷害の製造物責任訴訟が約125件、証券集団訴訟が6件
経済的損失に関する和解 11億米ドル 2012年12月に和解合意。保証延長とブレーキ・オーバーライド・システムの無償搭載を含む
起訴猶予契約 12億米ドル 2014年3月にニューヨーク州南部地区連邦検事局と締結。独立モニターの確認を受ける
品質関連費用の増加 300億円 2011年3月期。製品保証費用が700億円程度減る一方、市場処置の費用が1,000億円程度増加
役員体制の見直し 3階層から2階層へ 2011年3月のトヨタグローバルビジョン策定を機に、取締役を大幅に削減し専務取締役を廃止
出所:トヨタ自動車 有価証券報告書 第106期(2010年3月期)〜第110期(2014年3月期)/アニュアルレポート2010
出所:トヨタ自動車 有価証券報告書 第106期(2010年3月期)〜第110期(2014年3月期)/アニュアルレポート2010
参考文献

参考文献

参考
  • トヨタ自動車75年史「第3部 第5章 第3節 自主改善とリコール発生/組織と人材育成の拡充」
  • トヨタ自動車 有価証券報告書「第106期(2010年3月期)【事業等のリスク】【重要な会計方針】ほか」
  • トヨタ自動車 有価証券報告書「第107期(2011年3月期)連結財務諸表注記14【コーポレート・ガバナンスの状況】」
  • トヨタ自動車 有価証券報告書「第109期(2013年3月期)連結財務諸表注記」
  • トヨタ自動車 有価証券報告書「第110期(2014年3月期)連結財務諸表注記」
  • トヨタ自動車 アニュアルレポート「Annual Report 2010」

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