旧SABMiller中東欧ビール事業の約8,883億円買収と欧州の柱化

縮む国内市場を横目に、アサヒはなぜ成熟した中東欧の定番ビールへ巨費を投じたか

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時期 2016年12月
意思決定者 小路明善・泉谷直木(会長) 社長
論点 海外プレミアム市場の獲得と成長基盤の再設計
概要
アサヒグループホールディングスが2016年12月にAB InBevとの契約で、旧SABMillerのチェコ・ポーランド・ハンガリー・ルーマニア・スロバキア5カ国のビール事業を約8,883億円で取得し、2017年に子会社化した買収。前年の西欧プレミアム取得に続く二段目で、欧州を収益の柱に据えた。
背景
国内ビール市場は人口減と若年層の酒離れで縮小が続き、スーパードライで築いた国内首位だけでは成長を描きにくくなっていた。AB InBevと英SABMillerの統合に伴う独占禁止法対応で、中東欧の優良ビール事業が売りに出された。
内容
ピルスナーの元祖Pilsner Urquellをはじめ、チェコ・ポーランド・ハンガリー・ルーマニアで首位級のブランド群を一括取得。中国の華潤との争奪を制し、約73億ユーロ(約8,883億円)を投じて成熟市場の高収益事業を手中に収めた。
含意
成長市場ではなく成熟市場を選び、既存の定番ブランドを買って稼ぐという逆張りであった。国内のスーパードライ革命と同じ発想を欧州で再現する試みであり、2020年の豪州CUB取得と合わせ日本・欧州・豪州の三極体制へ進んだ。
筆者の見解

成熟を買うという逆張りの重さ

この判断の特徴は、伸びる市場ではなく、伸びきった市場をあえて選んだ点にある。新興国の数量成長に賭ける同業が多いなかで、アサヒは一人当たり消費量が頭打ちの先進国で、すでに定番となったブランドを丸ごと買った。国内でスーパードライがシェアを覆した経験が、固まった市場でこそポジションとプレミアム化で稼げるという確信を与えたとみることができる。M&Aで新規事業を起こすのではなく、確立した収益基盤を取り込む発想が、この取引にも通っている。

もっとも、成熟市場を買う戦略は、数量が急には伸びない分、価格と効率で稼ぎ続ける実行力を前提とする。2年あまりで2兆円規模の欧州買収を連続して決めた身のこなしは大胆だが、巨額ののれんと有利子負債を抱える判断でもあった。買った定番をどれだけ磨き、成熟市場から安定した利益を引き出し続けられるか——中東欧の取得は、成長の源を海外の成熟市場へ移すという賭けの、その後を左右する一手であったといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

縮む国内と、次の成長の置き場所

1987年のスーパードライで国内首位を奪ったアサヒであったが、2010年代の国内ビール市場は人口減と若年層の酒離れで縮小が続いていた。成熟しきった内需の枠内では、数量の伸びに頼る成長を描きにくい。すでにカルビス買収などで飲料へ広げてはいたが、国内の枠を超える収益基盤をどこに求めるかが、次の課題として重くのしかかっていた[1]

好機は外からもたらされた。世界首位のAB InBevが2位の英SABMillerを買収する統合の過程で、独占禁止法への対応から欧州の優良ビール事業が売却対象となった。アサヒは前年の2016年に西欧・中東の事業(ペローニ等のプレミアムブランド)を先に取得しており、次に出物となったのが中東欧5カ国の事業であった。成熟市場ながら高い収益性を持つこの事業をめぐり、争奪が始まった[2]

決断

華潤との争奪を制し、中東欧を取る

2016年12月、アサヒはAB InBevと契約を結び、チェコ・ポーランド・ハンガリー・ルーマニア・スロバキアの中東欧5カ国のビール事業を、約73億ユーロ(約8,883億円)で取得すると決めた。買収を争ったのは中国最大手の華潤で、最後は日中大手の一騎打ちとなった。前年の西欧取得と合わせ、アサヒは2年あまりで2兆円規模の欧州買収を連続して決断したことになる規模の一手であった[3]

取得した事業の中心にあったのは、ピルスナービールの元祖Pilsner Urquellであった。一人当たりのビール消費量が世界で最も多いチェコをはじめ、ポーランド・ハンガリー・ルーマニアでも首位級のシェアを持ち、強い事業基盤に支えられた高い収益性を備えていた。数量成長を追うのではなく、定番として根づいたブランドと市場ポジションを丸ごと買う。アサヒが国内で磨いた発想を、そのまま欧州の成熟市場へ持ち込む取引であった[4]

結果

欧州が柱になり、三極体制へ

買収の効果は、翌期の数字にはっきり表れた。中東欧事業を取り込んだ2017年12月期の連結売上高は2兆848億円と前期から約2,000億円伸び、純利益は1,410億円へ拡大した。従業員は約3万人へ増え、欧州がアサヒの収益を支える柱となった。国内の縮小を、成熟市場の定番ブランドで補うという設計が、規模の面で形になった[5]

この買収は、より大きな構想の一部でもあった。2020年6月にはAB InBevの豪州事業CUBを約1.17兆円で取得し、日本・欧州・豪州という三極体制を整えた。中国では2017年に青島ビール株を譲渡して事業を縮小しており、成長市場を追うのではなく先進国の定番を押さえる方針が一貫していた。国内での逆転劇を海外で繰り返すアサヒ流のM&Aが、この時期に型として定着した[6]

出典・参考