東宝アニメ制作会社サイエンスSARUの子会社化と、Toho InternationalによるGKIDSの取得
製作委員会への出資で稼いできた東宝は、なぜ制作の内製化と北米配給の自前化に同時に踏み込んだか
- 概要
- 2024年、東宝はアニメIP事業の上流と下流を相次いで自社に取り込んだ。5月にアニメ制作スタジオのサイエンスSARUの全株式取得を発表して6月に子会社化し、10月には子会社のToho Internationalを通じて北米のアニメ配給会社GKIDSを子会社化した。製作委員会への出資でIPを取得するモデルに、制作機能と北米配給網を加える動きであった。
- 背景
- 東宝は2010年代半ばからTOHO animationレーベルで製作委員会に幹事として上位出資し、「呪術廻戦」「SPY×FAMILY」などでアニメを映画・演劇・不動産に次ぐ第4の柱に育てていた。ただし自前の制作スタジオを持たず、海外もパートナー任せで、IPを「買う」構造に留まっていた。
- 内容
- サイエンスSARUは「犬王」などを手がけた制作会社で、製作委員会出資にとどまらず制作機能そのものを内製化する布石となった。GKIDSはスタジオジブリ作品などを北米配給してきた企業で、Toho InternationalとGKIDSの2チャネルで北米配給網を組んだ。いずれも取得価額は非公表とした。
- 含意
- 2025年2月期に海外売上比率が初めて10%規模へ届き、連結営業収入は3131億円と過去最高を更新した。松岡宏泰社長は同期の中期経営計画で製作機能の拡充を柱に据え、海外比率30%と3年で1000億円の戦略出資枠を掲げた。垂直統合が利益に結びつくかは、なお先の検証を待つ段階にある。
上流と下流を同時に握るということ
配給会社が制作スタジオと海外配給網を買うのは、川上と川下への素直な拡張と映る。だが東宝の場合、それは順風の途中で選ばれた手であった。製作委員会に上位出資し、当たれば「ゴジラ-1.0」のように収入のほぼ全部を取り込む成功モデルをすでに握っていながら、あえて失敗の損失も自ら負う内製化と自前配給へ動いた。ゴジラのマーチャンダイズ権を島谷能成氏の指示で買い戻し、ファンと直接つながる手応えを得た経験が、サイエンスSARUとGKIDSを同じ年に取り込む判断を後押ししたとみられる。
もっとも、上流と下流をそろえたことが利益に結びつくかは、まだ見えていない。北米で自社配給した「僕のヒーローアカデミア」は松岡社長自身が想定を下回る数字だと認め、GKIDSの取得価額は非公表のまま、海外売上比率は10%規模に届いたばかりである。目標に掲げた30%までの距離は大きい。制作から海外配給までを一本につなぐ絵は描けても、その各段を稼ぎに変えられるかは、これから預かる作品が当たるかどうかにかかっているといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
製作委員会出資で育てたアニメ第4の柱
東宝は2010年代半ばから、アニメの製作委員会に出資する事業を「TOHO animation」のレーベルで本格化した。幹事として少なくとも5割程度を目安に出資し、「呪術廻戦」「SPY×FAMILY」といった大型原作を相次いで手がけた。2022年5月に27年ぶりの創業家出身社長として就任した松岡宏泰氏は、長期ビジョンで映画・演劇・不動産の3本柱にアニメを加え、これを第4の柱と位置づけた[1]。
収益モデルの中心は、配給手数料を受け取る立場から、製作費の大部分を負担する自社製作へと移っていた。松岡社長は決算説明会で、自社で管理し製作費の大部分を東宝が負担するモデルへの移行が利益率上昇の要因だと述べ、「ゴジラ-1.0」については収入のほぼ100%が東宝に入ると説明している。リスクを取る代わりに、当たったときの取り分を厚くする構えであった[2]。
制作機能を持たず、海外はパートナー任せ
もっとも、東宝は長く自前のアニメ制作スタジオを持たなかった。製作委員会への出資を通じてIPを「買う」形が中心で、制作は外部のスタジオに委ねてきた。この構造に手を入れる最初の一手が、2022年9月にTIAを子会社化して「TOHO animation STUDIO」とした動きで、制作機能の内製化はここから始まった。IPを企画・出資する力は蓄えていたが、作品を自ら作り出す機能は途上にあった[3]。
海外もまた、良いパートナーが見つかれば任せる方式を長くとってきた。松岡社長は、その方が人員も少なく済みリスクも抑えられる利点があったと振り返る一方、ゴジラの海外マーチャンダイズの権利を前社長・島谷能成氏の指示で買い戻し、自社で世界のゴジラビジネスを展開できるようになった経緯を挙げ、アニメもゴジラのように自社で手がけたいと語っていた[4]。
決断
サイエンスSARU子会社化による制作の内製化
2024年5月23日、東宝はアニメ制作スタジオのサイエンスSARUの全株式を取得し、子会社化すると発表した。同社は湯浅政明監督の「犬王」や「夜明け告げるルーのうた」を手がけた制作会社で、取得予定日は同年6月19日とされた。製作委員会への出資でIPを取得する立場にとどまらず、制作機能そのものを自社に取り込む一歩であった[5][6]。
制作の内製化は、扱えるアニメの本数を増やすための前提でもあった。翌2025年4月の説明会で松岡社長は、製作機能を拡充しなければ扱う作品数を増やせないとし、前の中期経営計画では触れなかった製作機能の拡充と人員増加を重要戦略に据えたと述べた。良質な作品を自ら生み出す能力を、アニメ事業の成長条件に位置づけた発言であった[7]。
GKIDS子会社化による北米配給の自前化
制作の内製化と並行して、東宝は海外配給網の取得に動いた。2024年10月16日、子会社のToho Internationalを通じて北米のアニメ配給会社GKIDSを子会社化すると発表した。GKIDSはスタジオジブリ作品などを北米で配給してきた企業で、過去に配給した13作品がアカデミー長編アニメ映画賞にノミネートされ、2024年3月には「君たちはどう生きるか」で初受賞を果たしていた。取得価額は非公表とされた[8][9]。
北米配給には、すでに自社のToho Internationalという手段があった。松岡社長はGKIDS取得の直後の説明会で、北米配給に値する作品はToho Internationalで配給すると考えていたところにGKIDSという選択肢が加わったと述べた。自社で配給すれば他者に収入や利益を分配せずに済むため利益率が高まるとし、川上から川下まで自社が関与する意義を強調した[10]。
結果
垂直統合の初動と海外比率10%
自社配給の実地は、期待どおりの数字ばかりではなかった。2024年秋、東宝は「僕のヒーローアカデミア」の最新作をToho Internationalが北米約1800館で配給した。前作の約1500館を上回る規模だったが、松岡社長は想定していた数字にはまだ届かない少しソフトな数字だと認め、課題や障壁を急ぎ分析して将来につなげたいと述べた。自社配給への転換は、手応えと反省を同時にもたらした[11]。
一連の取り込みは、海外収益の比重をわずかに押し上げた。松岡社長は、海外売上比率が10%規模になったのは2025年2月期が初めてで、IP・アニメとゴジラが数字を積み上げたためだと説明した。同期の連結営業収入は3131億円、経常利益は645億円と、いずれも過去最高を更新した。国内中心のモデルに、海外の柱が細いながら立ち始めた期であった[12][13]。
制作機能拡充を中計の柱に
2025年4月に示した中期経営計画2028で、東宝は海外を明確な成長軸に据えた。海外売上比率を10%程度から30%へ引き上げる目標を掲げ、3年で最大1000億円の戦略出資枠を設けた。松岡社長は、過去3年で100%出資や部分出資、国内・海外にわたる企業をM&Aでグループに取り込み、一定の知見を得たと述べ、その実績を踏まえて投資を加速させる意図を示した[14]。
事業の実態でも、アニメの比重は増していた。TOHO animation関連の売上高は2年前の242億円から2025年2月期に554億円へ拡大した。北米ではGKIDSとクランチロールの領域が重なるとの見方に対し、松岡社長はクランチロールが配信、GKIDSが劇場配給中心でモデルが異なると整理し、両社と付き合いながら2チャネルで北米配給を手がける立場を示した[15][16]。
- 週刊東洋経済 2023年2月25日号「トップに直撃 東宝 社長 松岡宏泰 『アニメ』に積極投資で世界的なIPを生み出す」
- 週刊東洋経済 2023年5月27日号「特集 アニメ 熱狂のカラクリ part2 映画会社×アニメ 東宝が『本気モード』横綱・東映を猛追」
- 週刊東洋経済 2025年7月19日号「シン・東宝 東宝が『アニメの新横綱』に変貌を遂げた軌跡」
- 東宝 2025年2月期第2四半期 決算説明会 質疑応答(2024年10月16日)
- 東宝 2025年2月期決算及び中期経営計画2028説明会 質疑応答(2025年4月15日)
- 日本経済新聞(2024年5月23日)「東宝、アニメスタジオのサイエンスSARUの全株式を取得し子会社化」
- 日本経済新聞(2024年10月16日)「東宝、ジブリ作品配給の米企業GKIDS買収 北米アニメ事業強化」
- gamebiz(2024年10月16日)「東宝、北米でアニメ製作と配給を手掛けるGKIDSを買収」
- 東宝 有価証券報告書(2025年2月期・連結)