松竹の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

手放したのは作る設備で、建て替えたのは見せる設備である。1934年に小林一三氏が日比谷へ出てくると、松竹は神奈川県大船に9万坪を得て建築費120万円の撮影所を建て、1936年1月に蒲田撮影所を閉鎖した。ところが観客が1960年の10億1,400万人から1975年の1億7,000万人へ減ると、1975年7月の東劇ビル竣工を皮切りに劇場を組み込んだ自社ビルを重ね、1998年12月に鎌倉シネマワールドを閉鎖、2000年6月には大船撮影所を閉所して原版を新木場の倉庫へ移した。単館の直営劇場も2001年以降はMOVIXへ入れ替えている。製作の設備を閉じる一方で興行の土地に貸床を積んだことが、現在の不動産事業を作った。

免責事項およびポリシー