決断
映画の当たり外れを、劇場ではなく賃料で吸収してきた。戦後の1948年4月には1,200名の人員整理と撮影所の一時閉鎖に踏み切り、資本金の倍にあたる赤字を処理した。テレビの普及で邦画の年間入場者が1958年の11億人超から落ち続けると、清水雅社長は1958年5月に不動産活用委員会を設置して劇場を不動産として運用し、日比谷・有楽町・新宿の所有ビルで映画館を1〜2階に抑え、総面積の7〜8割を名店街や食堂への賃貸に充てた。1971年には土地建物の賃貸収入が全収入の11.6%に達している。2003年2月にはヴァージン・シネマズ・ジャパンを約100億円で取得し、シネコン化の遅れを一括で埋めた。
2024年6月 サイエンスSARUとGKIDSの子会社化
のれんと無形固定資産2024 2025 2026 のれん(百万円) 1,927 18,046 16,832 のれん以外の無形固定資産(百万円) 5,090 12,705 13,907 2003年2月 ヴァージン・シネマズ買収
業績の推移2002 2003 2008 売上高(億円) 2,005 1,731 2,050 経常利益率(%) 11.0 11.2 10.6 1958年5月 不動産活用委員会の設置
業績の推移1957 1958 1963 売上高(億円) 90 96 134 当期利益率(%) 4.6 4.8 10.0 1948年4月 第三次東宝争議と人員整理
第三次東宝争議と人員整理撮影所の争議が続くなかで資本金の倍額に及ぶ赤字を抱え、1,200名の整理と撮影所の一時閉鎖に踏み切った判断。当時の報道は冷戦初期の共産党員排除という文脈でもこれを論じた同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1947 1948 1953 売上高(億円) 3 9 35 当期利益率(%) 1.7 -2.7 4.4 1943年12月 東京宝塚劇場と東宝映画が合併
東京宝塚劇場と東宝映画が合併劇場興行から出発した会社が、他社に依存していた映画の製作機能を設立・合併で取り込み、製作・配給・興行・演劇を一社に集約した垂直統合同じ経営論点に直面した企業 | 経営統合・合併業績の推移1942 1943 1948 売上高(億円) 0 0 9 当期利益率(%) 6.7 5.6 -2.7