清水雅

東宝・元代表取締役社長

Shimizu Masashi(敬称略)

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社長就任 1957年10月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1924年に慶應義塾大学を卒業して阪神急行電鉄に入り、1947年2月に阪急百貨店の取締役社長へ就任した。東宝の取締役になったのは1955年9月で、映画の製作や配給の現場を歩いた人物ではない。社長在任中は阪急百貨店の取締役会長と東宝不動産の取締役社長を兼ね、1期目を退任したあとは京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)取締役会長、阪急不動産取締役社長も務めた。小林一三氏が組み立てた阪急系の百貨店・不動産の側から来た経営者である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1955年9月に東宝取締役となり、2年後の1957年10月に社長へ就任した。同じ1957年3月には松岡辰郎氏が取締役に入り、営業や撮影所の部長級も相次いで取締役へ上がっている。1958年1月期の収入総額は95.88億円、当期利益は4.58億円だった。日本映画の年間入場者が1958年の約11億2,745万人を頂点に減り始める直前で、興行が伸びているうちに百貨店と不動産の経営者を本体の社長へ据えた人事だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

就任の翌年、1958年5月1日に本社へ不動産活用委員会を設置し、劇場の空間と遊休地を洗い直して総合ビルの建設に着手した。日比谷・有楽町・新宿の所有ビルでは映画館を1〜2階に抑え、総面積の7〜8割を名店街や食堂へ貸している。1966年9月に会長へ就任したのち1974年8月に社長へ復帰し、1977年5月に相談役へ移った。2期目の1975年1月期は売上高340億円のうち土地建物賃貸収入が19.0億円で、映画製作配給収入33.3億円に迫っている。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1957〜1977年
在任中の業績
就任前(FY56)90億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 1件

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