オーストリアの物流企業cargo-partner社の買収による欧州・中東欧事業基盤の獲得
日系顧客に伴走する海外展開モデルの限界を、NXHDは過去最大のM&Aでどう乗り越えようとしたか
更新:
- 概要
- 2023年5月、NIPPON EXPRESSホールディングスが、オーストリアの物流企業cargo-partner社を845百万ユーロ(約1,267億円)で買収すると発表し、2024年1月に子会社化を完了した経営判断。NXグループ過去最大のM&Aである。
- 背景
- 日本通運は日系企業の海外進出に伴走する形で海外拠点を積み増してきたが、非日系の現地顧客を面で取り込む発想は薄く、欧米メガフォワーダーとの取扱量の差は縮まらなかった。2022年の持株会社体制移行を経て、M&Aによる規模拡大が経営課題に浮上していた。
- 内容
- 特別目的会社を通じてcargo-partnerグループ63社を一括で取得し、中東欧地域の物流基盤と非日系の現地顧客基盤を獲得した。買収により航空貨物の取扱量は世界7位から5位、海上貨物は17位から11位に上昇する見通しが示された。
- 含意
- 日系顧客への追随から一歩踏み出し、非日系の現地荷主基盤を丸ごと取得する初のM&Aとなった。大辻常務は物量の大きさが競争力になり顧客の信頼につながると語ったが、その効果が定着するかは、その後の実績にかかっている。
規模の獲得と、これから問われる定着
cargo-partnerの買収は、日系顧客に寄り添って拠点を積み上げてきたNXグループの海外展開モデルが、取扱量で欧米メガフォワーダーに及ばないという構造的な限界に直面した末の選択であったとみることができる。845百万ユーロという投じた金額の大きさは、機を逃せばM&A市場の玉数が細るという危機感の裏返しでもあり、持株会社体制への移行からわずか1年余りでこの規模の決断に踏み切った点に、グループとしての意思の強さがうかがえる。
もっとも、規模の獲得がそのまま競争力の獲得を意味するとは限らない。買収完了直後のFY23決算はなお海外事業の完全な果実を映しておらず、M&A効果をどう定着させ、非日系の現地顧客基盤を長期的な収益に結びつけられるかは、これからの経営に委ねられている。日系顧客への追随型から離れた今回の判断が、NXグループの海外事業の性格をどこまで変えるかは、今後の実績が示していくとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
日系顧客に伴走する海外展開モデルの限界
NIPPON EXPRESSホールディングスの前身である日本通運は、1962年に米国日通を設立して以降、日本企業の海外進出に合わせて現地拠点を積み増す形で海外事業を広げてきた。1973年にシンガポール日通、1977年にオランダ日通、1981年に英国・ドイツ日通を設立し、1992年には海外拠点が200を超え、2001年には海外従業員が10,000人を突破した。日系荷主の工場や販売拠点に寄り添う手堅いモデルであったが、非日系の現地顧客を面で取り込む発想は薄かった[1]。
もっとも、拠点数の広がりは取扱量の優位には直結しなかった。DHLサプライチェーンやキューネ・アンド・ナーゲル、DSVといった欧米のメガフォワーダーはM&Aで規模を拡大し、航空・海上フォワーディングの交渉力で先行していた。日本通運は2014年に海外拠点が500を超え、2015年には海外従業員が20,000人に達したものの、海外売上高比率は約3割にとどまっていた。拠点数と従業員数は膨らんでも取扱量では欧米勢に追いつかない構造が、経営課題として残っていた[2]。
持株会社体制への移行とM&A路線の宣言
日本通運は2017年に企業メッセージ「We Find the Way」を制定し、グローバル物流企業への転換を打ち出した。自力での拠点展開だけでは欧米メガフォワーダーとの差が縮まらないという認識が広がるなか、2022年1月には単独株式移転によりNIPPON EXPRESSホールディングスを設立し、持株会社体制へ移行した。初代社長には齋藤充氏が就き、グループ全体の資本政策と海外M&Aの意思決定を速める体制が敷かれた[3]。
持株会社体制に移行した初年度、2022年12月期の連結売上収益は2兆6,197億円に達したが、海外売上高比率はなお約3割にとどまっていた。グローバルでの競争力強化が最優先課題に据えられるなか、日系顧客を積み上げる従来モデルの限界と、非日系の現地荷主を一括して取り込む必要性が、M&Aという選択肢を前面に押し出していった[4]。
決断
cargo-partner社買収の発表
2023年5月12日、NIPPON EXPRESSホールディングスは、特別目的会社を通じてオーストリアの物流企業cargo-partner社を買収すると発表した。取得価格は845百万ユーロ(約1,267億円)で、NXグループ過去最大のM&Aとなった。cargo-partnerグループは中東欧地域に物流基盤を持ち、自動車・電機・電子・医薬品産業向けの海運・航空フォワーディングを手がける企業で、傘下の63社をまとめて子会社化する案件であった[5]。
買収の狙いは、欧米メガフォワーダーとの取扱量の差を一気に縮めることに置かれた。この買収により、NXグループの航空貨物の取扱量は世界7位から5位へ、海上貨物は17位から11位へ上昇する見通しが示された。cargo-partnerが強い中東欧地域の物流基盤を獲得し、海外売上高比率を約3割から4割へ引き上げる目標も掲げられた。自動車・電機・電子・医薬品分野に強みを持つ点は両社に共通しており、事業の親和性も買収の判断を後押しした[6]。
「規模を競争力に」という経営陣の言葉
買収発表にあたり、NXHDの大辻常務は物量の大きさが取扱交渉力に直結する点を強調し、世界での物量を積み上げることが顧客からの信頼につながるという趣旨を語った。フォワーディング事業は航空会社・船会社との運賃交渉において取扱量が武器になる構造にあり、規模が小さいほど利幅が低下しやすい。cargo-partnerの買収は、この構造的な制約に対する具体的な打ち手であった[7]。
大辻常務はのちに、この買収戦略について、買う側が主体的な戦略を描き、買収後の絵を先に用意しておくことの重要性に触れ、日本企業に多かった追随型のM&Aから一歩踏み込み、先回りして新たな地域に投資し顧客を迎える転換であったと振り返っている。cargo-partnerの買収は、日系顧客の海外進出に伴走してきたNXグループにとって、非日系の現地顧客基盤を丸ごと取得する初めての案件であった[8]。
結果
子会社化完了と過去最大M&Aの実行
2024年1月4日、cargo-partner社の株式取得が完了し、子会社化の手続きが終えられた。cargo-partnerの2022年12月期の連結売上高は約3,200億円であり、この規模の企業を一括して取り込んだことで、NXグループの事業構成は欧州・中東欧地域に厚みを増した。買収完了時点でNXHDは、人口減少で縮小が見込まれる国内市場を見据え、海外売上高比率を2037年度までに5割へ高める長期目標を示していた[9]。
買収効果が表れるのはFY24以降であり、cargo-partnerを取り込んだFY23(2023年12月期)の連結売上収益は2兆2,390億円、営業利益は601億円、当期純利益は370億円にとどまった。NXHDは2024年9月にドイツのヘルスケア物流企業SH HoldCoも子会社化して医薬品物流のグローバル展開を進め、一連の買収により、フォワーディング企業としてNXグループは世界5位の規模に達した[10][11]。
- NIPPON EXPRESSホールディングス 有価証券報告書 第3期(2024年12月期)【沿革】
- NIPPON EXPRESSホールディングス 有価証券報告書(2022年12月期・連結)
- NIPPON EXPRESSホールディングス 有価証券報告書(2023年12月期・連結)
- 日本経済新聞(2023年5月12日)「日通持ち株会社、1200億円買収で世界へ 規模を競争力に」
- 日本経済新聞(2024年1月11日)「日本通運持ち株会社、オーストリア同業の買収完了」
- 日経ビジネス電子版(2025年12月12日)「大型買収で世界5位 NXHD大辻常務『グローバル市場で商機拡大へ』」