日揮ホールディングス 海外調達50%へ転換 円高危機で傷んだ収益の立て直しを狙った仕入れ先の組み替え
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何をなぜ決めたか
- 背景
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売上の6〜7割を海外で稼ぎ、代金の多くをドルで受け取る日揮は、プラザ合意後の円高で1986年3月期から4期連続の営業赤字に転落した。資材調達が国内に偏り、円高では海外案件の建設費が膨らむ構造で、社内には赤字受注を当然とする空気まで広がった。
- 内容
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国際事業本部長を務めた渡辺英二社長は、海外調達を円高乗り切りや赤字案件からの足抜け策から、国際競争力を高める手段へ切り替えた。海外調達比率50%を目標に、製造経験の浅い企業や安価なメーカーの発掘、技術供与、調達先データベースの構築、海外拠点の拡充を並行して進めた。
- 含意
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円高という外部環境を為替予約で受け流すのではなく、調達と拠点の構造そのものを組み替えて受け止めた点に特徴がある。1989年度の受注高は前年比2.8倍の6,010億円、1991年3月期に5期ぶりの営業黒字、1993年3月期には売上高が初の4,000億円台に達し、千代田化工建設・東洋エンジニアリングとの差を広げた。
いつ何が起きたか 6件
筆者の見解
カネ・モノ・ヒトで受け止めた円高
ドルで受け取った代金を、そのまま外国企業からの機材購入に充てれば、為替差損は発生しない。渡辺英二社長は円高への手当てを、カネ(為替)にとどめず、モノ(機材調達)へ、さらにヒト(設計の海外移管)へと広げた。円建てで生じる費用がドルに直すとかさむという弱点を、会社の内側から小さくしていったのである。円高という外からの条件を為替予約でかわすのではなく、調達と拠点の仕組みそのものを組み直して受け止めたところに、この決断の核心がある。赤字で受注するのが当たり前という空気も、方針を号令するのではなく、80億円から340億円への実績とノウハウを積み重ねることで覆しており、そこにこの改革の性格が表れている。
もっとも、海外調達で"作るコスト"を下げても、"どこから受注するか"というリスクは残った。1998年、日揮はアジア通貨危機で受注が急減し、再び2期連続の最終赤字に転落する。受注先の地域分散という課題は、調達戦略とは別の次元で経営に残された。それでも、外部環境に業績を委ねきらない自力を組織へ植えつけた点で、1980年代後半の構造転換は、円高という一社では動かせない条件を、内部の設計変更で受け止めようとした事例として読むことができる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
業績の推移
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参考文献
- 日経ビジネス 1993年7月19日号
- 日揮ホールディングス 有価証券報告書(連結財務諸表)