この決断の軸は、社名という表看板を実態に合わせたことにとどまらない。鈴木義雄会長が語った"実績と信用づくり"は、契約の型やカントリーリスクの分散だけでは埋まらない領域、すなわち発注者との関係そのものをリスク管理の対象に据える考え方だった。数字に表れにくいこの資産を積み上げることが、社名変更と並ぶもう一つの決断の核だったのだろう。
ただし、鈴木会長自身がアルジェリア一極集中を率直に認めていたように、分散という理念は受注の現実の前でたびたび揺らいだ。看板を掛け替え、信用を積み増しても、個別の商談が積み重なる先でリスクが再び偏る構図は消えなかった。海外調達比率の引き上げに乗り出す1989年の改革、そして半世紀近く後に大型契約で損失を計上する場面まで、日揮は形を変えながら同じ問いへ繰り返し向き合うことになる。