日本電気硝子米PPGからの欧州・米国ガラス繊維事業(英国・オランダ・米国の3拠点)の取得
液晶基板ガラスへの依存をどう解くか——松本元春社長はガラス繊維の世界規模化に約600億円を投じた
- 概要
- 2016年から2017年にかけて、日本電気硝子が米PPGインダストリーズから欧州・米国のガラス繊維事業(英国・オランダ・米国の三拠点)を取得した経営判断。松本元春社長のもとで、ディスプレイ事業への依存を下げ、ガラス繊維を主力事業へ育てることをめざした。後に2019年12月期の減損とオランダ子会社の破産に至った。
- 背景
- 主力の液晶基板ガラスはコモディティ化と市況変動が進み、同社はディスプレイ依存度を下げて複合材・電子デバイスを新たな成長軸に据える組み替えを進めていた。国内中心だったガラス繊維事業を世界規模へ広げ、主力事業に育てる構想がその中心にあった。
- 内容
- 2016年6月に欧州事業(英国ウィガンの工場・オランダ子会社の全株式)を、2017年5月に米国事業を約5億4,500万ドル(約600億円)で取得すると発表し、同年9月に三拠点の取得を完了した。塗料・ガラス大手のPPGが手放す事業を引き受け、欧米に一挙に生産基盤を広げた。
- 含意
- 中国メーカーとの価格競争と欧州需要の低迷で採算は悪化し、2019年12月にガラス繊維で381億円の損失を計上して米工場閉鎖に踏み切った。2019年12月期は上場以来初の最終赤字となり、2023年9月にはオランダ子会社が破産手続きに入るなど、後処理が長期化した。
世界規模化の狙いと、後処理の速さ
液晶基板ガラスへの依存を解くという課題そのものは、この会社にとって切実であった。それゆえPPGの欧米事業を二段階で取得し、繊維で世界規模の一角を占めようとした判断は、単なる高値づかみという言葉には収まらない。もっとも、踏み込んだ直後に中国メーカーの増産が市況を崩し、自動車向けの需要も伸びを欠いた。好況の裏づけを欠いたまま約600億円規模の基盤を抱えた点に、この取得の難しさが表れているとみられる。
ただ、繊維で払った代償が無為であったとは言い切れない。米国からの撤退、オランダ子会社の破産、マレーシアでの減損と、拡大した基盤の多くは数年のうちに整理された。液晶と繊維という二つの主力を同時に絞り込む重さを、この会社は身をもって知った。拡大の速さに後処理の速さが追いつかなかったこの経験が、以後の事業構造改革につながったとみることができる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
ディスプレイ依存と、繊維事業の位置づけ
日本電気硝子の収益は、長らく液晶基板ガラスに支えられてきた。だが2010年代に入ると、薄型パネル用ガラスはコモディティ化が進み、市況の変動も大きくなっていた。同社はディスプレイ事業への依存度を下げ、複合材と電子デバイスを新たな成長軸に据え直す事業ポートフォリオの組み替えを進めており、ガラス繊維事業の拡大は、その組み替えの中心に置かれた動きであった[1]。
ガラス繊維は同社が国内で手がけてきた事業だが、その規模は世界の大手に及ばなかった。市場では中国メーカーが台頭し、欧米勢が先行するなかで、同社は自動車向けなどの需要を取り込み、この分野を主力事業へ育てることをめざした。液晶偏重を解く受け皿として、繊維の世界規模化を図る構想が固まっていった[2]。
決断
欧州・米国からの二段階の取得
取得は二段階で進んだ。2016年6月20日、日本電気硝子は米PPGインダストリーズから欧州のガラス繊維事業を買収すると発表した。対象は英国ウィガンの工場と、オランダ子会社の全株式である。買収する事業の年間売上高は約1億5,000万ユーロ、従業員は550人程度で、塗料・ガラス大手であるPPGが手放す事業を、同社が引き受ける形であった[3]。
翌2017年5月26日には、同じPPGから米国のガラス繊維事業を取得すると発表した。取得額は約5億4,500万ドルで、円換算では約600億円にのぼった。対象事業の年間売上高は約3億4,300万ドル、従業員は約1,000人である。英国・オランダ・米国の三拠点の取得は2017年9月に完了し、同社は欧米に一挙に生産基盤を広げた[4][5]。
結果
採算悪化と、初の最終赤字
拡大した繊維事業は、まもなく想定を下回る展開となった。中国メーカーとの価格競争と欧州市場の需要の低迷が重なり、採算は悪化した。2019年12月、日本電気硝子はガラス繊維事業で381億円の損失を計上すると発表し、米工場の閉鎖に踏み切った。損失の内訳は、米子会社で208億円、英国とオランダの子会社で合計173億円の減損であった[6]。
この損失は、2019年12月期の連結業績を、上場以来はじめての最終赤字へと沈めた。親会社株主に帰属する純損失は336億円に達し、注力分野に据えたはずのガラス繊維事業での買収の不発が、全社の収益を大きく毀損した。拡大したポートフォリオをどう絞り込むかが、以後の経営の重い課題として残された[7]。
後処理の長期化
減損の後も、買収案件の後始末は続いた。2023年9月26日、日本電気硝子はオランダ子会社の破産手続き開始を申し立てたと公表し、同社は連結の範囲から外れた。米国では自動車向けの採算悪化を受けてガラス繊維の生産から撤退しており、繊維の生産拠点は日本とマレーシアを残すのみとなった。欧米へ広げた基盤の多くが、数年のうちに整理された[8][9]。
事業の縮小は、マレーシア拠点にも及んだ。2023年12月期には複合材事業で約111億円の減損損失を計上し、同期の連結は営業損失・純損失を計上する赤字となった。液晶と繊維という二つの拡大でふくらんだ資産を圧縮していく過程が続き、PPGからの取得は、拡大と後処理の双方を会社の歴史に刻む案件となった[10]。
- 日本経済新聞(2016年6月20日)「日本電気硝子、欧州硝子繊維事業を買収 米PPG社から」
- 日本経済新聞(2017年5月26日)「日本電気硝子、車用ガラス繊維強化 米事業600億円で買収」
- 日本経済新聞(2019年12月)「日本電気硝子、ガラス繊維で381億円損失 米工場閉鎖へ」
- 日本電気硝子 適時開示(2023年9月26日)「オランダ子会社の破産手続開始の申立て及び債権の取立不能のおそれに関するお知らせ」
- 日本電気硝子 有価証券報告書 第77期(2025年12月期)【沿革】
- 日本電気硝子 有価証券報告書(2019年12月期・連結)
- 日本電気硝子 有価証券報告書(2023年12月期・連結)