北米処方薬事業の本格化——TAP合弁の解消とミレニアム買収
半身の合弁から、なぜ2008年に米国の処方薬事業を自前で握りにいったのか
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- 概要
- 2008年、武田薬品工業が長谷川閑史社長の下で、米アボットとのTAP合弁を解消してTAPを完全子会社化し、同じ年に米バイオ医薬品企業ミレニアム・ファーマシューティカルズを約88億ドルで買収して、北米の処方薬事業を自前で握った経営判断。がん治療薬ベルケイドを軸にオンコロジー領域へ本格参入した。
- 背景
- 武田は1985年のアボットとの合弁TAPで前立腺がん治療薬リュープリンを米国展開し北米に足場を持ったが、自社開発品の層が薄く、成長の主軸である米国の処方薬事業を自前で握るには至らなかった。武田國男氏の時代から米国強化を掲げ、国内では独り勝ちでも世界で勝ち残る道が課題だった。
- 内容
- 2008年3月にアボットとのTAP合弁を解消し、プレバシドとTAPの販売・支援組織および開発パイプラインを引き継いでTAPを完全子会社化した。同年4月には長谷川社長がミレニアムを1株25ドル・総額約88億ドルで買収すると発表し、5月に完全子会社化した。米国の販売組織とがん創薬の研究拠点を一括で取得した。
- 含意
- 北米が武田の中核市場になり、2011年のナイコメッド、2019年のShireへと続く大型M&A・グローバル化の出発点になった。一方で「買って時間を買う」やり方は有利子負債の膨張を招き、後には創業以来の大衆薬アリナミンの売却にまで至った。
「時間を買う」経営の出発点
この判断の核心は、合弁という半身の関与から、米国の処方薬事業を自前で握る全身の関与へ切り替えた点にある。TAPの解消は米国の販売組織を、ミレニアムの買収はがん創薬の研究拠点を、それぞれ自社の内側に取り込む選択だった。武田國男氏の時代に医薬専業へ絞り込んだ経営資源を、長谷川社長は海外の創薬力の獲得へ振り向けた。国内で稼いだ利益を米国の事業基盤へ替える方針が、この年に固まった。
もっとも、買って時間を買うやり方は代償も伴った。ミレニアムに始まる大型買収の連鎖はナイコメッド、Shireへと続き、事業基盤は広がったが、投じた資本に見合う企業価値の向上は容易ではなく、有利子負債はふくらみ、創業以来の看板だった大衆薬アリナミンの売却にまで及んだ。自前で新薬を生む力をどこまで社内に育てられるか——北米で自社事業を持つと決めた2008年の選択は、その問いを武田の経営に残した。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
アボットとの合弁が築いた北米の足場
1970年代から80年代にかけて、日本の製薬企業が生んだ新薬は欧米企業への技術輸出にとどまり、自社の販売網で欧米市場に届ける段階には届いていなかった。武田は1977年に米アボット・ラボラトリーズと提携し、1985年には合弁でTAPファーマシューティカルズを米国に設立して、前立腺がん治療薬リュープリンを米国で自社展開する足場を築いた。TAPは2008年まで続く北米事業の入口になった[1]。
自前の米国処方薬事業という課題
もっとも、合弁は半身の関与にとどまった。リュープリンは単品では規模に限りがあり、経営権はアボットと折半で、自社開発品の層も薄かった。米国での初の製造承認を得た1985年、開発を担った森田桂常務でさえ市場の小ささを認めたほどだった。国内では武田は圧倒的で、2001年に日経ビジネスは同社を「国内製薬業界で完全な一人勝ち」と記したが、その国内市場は薬価改定と人口動態で頭打ちが見えていた。世界で勝ち残るには最大市場の米国で自社の事業を持つほかなく、米国強化は武田國男氏から長谷川閑史社長へ引き継がれた課題として残った[2][3]。
決断
アボットとの合弁を解いて自前化する
2008年3月、武田はアボットとのTAP合弁の解消を発表した。1977年に始まり31年続いた合弁を解き、両社は事業を折半で分けた。武田はプレバシド(国内タケプロン)とTAPの残る販売・支援組織および開発パイプラインを、アボットは米国でのリュープリン(ルプロン)の権利を取得した。同年5月1日付でTAPは武田の米国持株会社の完全子会社になり、武田は米国の販売組織を自社の内側に取り込んだ[4]。
ミレニアム買収でがん創薬の基盤を買う
販売組織の自前化と並んで、武田は創薬の基盤も外から取得した。2008年4月、長谷川閑史社長の下で武田は米ミレニアム・ファーマシューティカルズを1株25ドル・総額約88億ドル(約8,880億円)で買収すると発表し、5月に完全子会社化した。ミレニアムは多発性骨髄腫の治療薬ベルケイド(一般名ボルテゾミブ)を持つ米ケンブリッジのバイオ医薬品企業で、取得原価は8,866百万ドルに上った。武田にとって初の本格的な巨額海外買収であり、がん領域の研究・開発拠点を一括で手に入れた[5][6]。
買収の理由を、長谷川社長は「2010年問題」で説明した。大型医薬品の特許が相次いで失効するなかで、製薬企業にとって最大の市場である米国で勝ち残るには、魅力的な新薬を出し続けるしかない、と語る。自前の研究開発だけでは成果まで時間がかかる。医薬専業化で確保した経営資源を海外の創薬力の獲得に振り向け、時間を買う判断だった[7]。
結果
北米を自前で持つ会社へ
2008年の二つの判断で、武田は北米の処方薬事業を自前で握った。TAPの完全子会社化で米国の販売・支援組織を手中にし、ミレニアム買収でがん創薬の研究拠点をケンブリッジに得て、オンコロジー領域へ本格参入した。ミレニアムを連結した2009年3月期の連結売上高は1兆5,383億円で、前期の1兆3,748億円から段差を描いた。合弁と技術輸出の会社から、米国に自社の事業を構える会社へ移った[8]。
大型M&Aとグローバル化の出発点
北米は武田の中核市場になり、以後の大型買収へと連なった。2011年に欧州・新興国のナイコメッド、2019年にアイルランドのShireを取得し、Shire連結で2020年3月期の連結売上高は3兆2,911億円へ拡大して世界トップ10入りを果たした。一方で買収を重ねた有利子負債はShire買収直後の2018年3月期に9兆8,566億円へ達し、負債の返済と次の主力品づくりという二つの支出を同時に背負う財務運営が続いた[9]。
- 日経ビジネス 1985年12月9日号「特集・医薬品市場」(日経BP社)
- 日経ビジネス 2001年8月20日号「武田薬品工業『人は石垣』で国内独り勝ち」(日経BP社)
- 日経バイオテクONLINE(2008年4月10日)「武田薬品、米子会社が米国のバイオ医薬企業Millennium Pharmaceuticals社の株式を買収」
- Takeda Pharmaceutical「Takeda, Abbott Announce Plans to Conclude TAP Joint Venture」(2008年3月19日)
- GLOBIS知見録(2009年3月)「武田薬品のグローバル経営とリーダーシップ(講演レポート)」
- 武田薬品工業 有価証券報告書【沿革】
- 武田薬品工業 有価証券報告書(連結)