アブダビ陸上油田(ADCO)権益、異例の40年契約による確保
国際指名入札を制した資源外交と半世紀に及ぶ操業実績は、10〜20年が相場の石油契約をどう40年へ変えたか
更新:
- 概要
- 2015年4月、国際石油開発帝石(当時、現INPEX)が、アラブ首長国連邦(UAE)アブダビ首長国の大型陸上油田ADCO鉱区(現アブダビ陸上鉱区)の参加権益5%を取得したと発表した経営判断。契約期間は2015年1月から2054年までの40年間で、10〜20年が一般的な石油契約としては異例の長期契約であった。
- 背景
- 同社は1970年代からアブダビで海上油田を操業し、40年以上の実績を積んできた。ADCO鉱区自体も1939年締結の利権契約以来、ADNOCと欧米メジャーが操業を続けてきた歴史があり、その利権契約更改に向けて2012年から国際指名入札が始まった。
- 内容
- 2015年1月、仏トタルが外資開放枠40%のうち10%の取得を電撃発表すると、残る10%を巡って日中韓の争奪戦が本格化した。安倍晋三首相とムハンマド皇太子の電話会談や経済産業省幹部の相次ぐ派遣など資源外交が展開され、同年4月、国際石油開発帝石が参加権益5%を獲得した。
- 含意
- 北村俊昭社長は、40年という長期権益を得た意義を強調しつつ、獲得の背景に半世紀近い操業実績と日本政府の資源外交の後押しがあったと振り返っている。以後、中東・アフリカ事業は同社の利益を支える柱であり続けている。
半世紀の実績が生んだ長期権益
この決断の核心は、一度限りの入札戦術ではなく、1970年代から積み重ねてきた操業実績と、政府の資源外交が組み合わさって初めて動いた点にあるとみることができる。仏トタルに次ぐ枠を日本が得た背景には、中韓にはない現地での長年の信頼関係があったとみられ、40年という異例の契約期間は、単発の交渉力ではなく蓄積の結果として読み解ける。資源自主開発比率の引き上げという政府目標と、企業の権益獲得が同じ方向を向いた事例であったといえる。
もっとも、40年という長期権益は、その分だけ資源価格の変動や地政学リスクにも長く晒され続ける。ADCO鉱区の権益構成はその後も中国企業の参入などで変遷しており、資源国の政策や国際情勢が変われば、権益の位置づけも揺れうる。半世紀にわたる操業実績で得た長期契約が、次の半世紀でどのような意味を持つかは、なお資源価格と国際関係の動向にかかっているとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
40年超のアブダビ操業実績
国際石油開発帝石(当時)は、1970年代からアブダビ首長国で海上油田の操業を手掛けてきた。2015年時点で40年以上の実績を積んでおり、経済産業省幹部も「向こうからの信頼は厚い」と評していた。海上油田で築いた実績は、後年の陸上鉱区への進出を後押しする土台になっていった[1]。
一方、対象となるADCO鉱区自体にも長い歴史があった。1939年に75年間の利権契約が締結されて以来、アブダビ石油公社(ADNOC)と英BP・米エクソンモービル・英蘭シェル・仏トタル・ポルトガルのパルテックスの6社が権益を保有し、操業を続けてきた。中東でも突出して安定した地域で、埋蔵量も豊富な巨大油田であった[2]。
利権契約の期限切れと国際指名入札
1939年の利権契約は2014年1月に期限を迎える予定であった。これに向けて2012年から世界の石油開発会社が動き出し、入札要請を受けた欧米メジャーや日中韓の開発会社など11社が事前資格審査を通過した。うち2社が入札を見送り、9社による争いとなった。日本の資源自主開発比率は当時約18%にとどまり、政府は2030年までに40%へ引き上げる目標を掲げていた[3]。
ところが入札が始まった2013年以降、動きはぴたりと止まった。契約期限を過ぎた2014年1月からは、鉱区がADNOCの100%保有となる異例の空白期間に入った。実質的な決定権を握るのはアブダビの最高石油評議会トップ、ムハンマド皇太子であるとされ、各国の思惑を超えた政治判断が結果を左右する構図になっていた[4]。
決断
資源外交の急展開
事態が動いたのは2015年1月末である。仏トタルが、外資に開放される40%の出資枠のうち10%を獲得したと電撃発表した。経産省幹部は当時の状況を「BPとシェルが10%ずつ入るだろう。残り10%を日中韓が取り合う構図になった」と明かしている。中国の王毅外相は2月14日にUAE外相と会談し、韓国の朴槿恵大統領も3月5日にムハンマド皇太子と首脳会談を行うなど、各国の動きが一気に活発化した[5]。
日本側も対抗した。2月12日には安倍晋三首相がムハンマド皇太子と非公式の電話会談を行い、数日後には経産省の高木陽介副大臣を首相特使としてアブダビへ派遣した。1月中旬に訪問していた宮沢洋一経産相に続く動きで、4月12日にアブダビのハルドゥーン執行関係庁長官が来日し安倍首相を表敬した頃には、日本への内示がほぼ固まっていたとみられている[6]。
40年という異例の契約
2015年4月27日、国際石油開発帝石はADCO鉱区の参加権益5%を取得したと発表した。契約期間は2015年1月1日から2054年までの40年間で、10〜20年間が一般的な石油契約としては異例の長期契約であった。取得した権益により、同社は日量8万〜9万バレルの原油を調達できる計算となり、単独案件の原油生産量としては国内最大となった[7][8]。
北村俊昭社長はこの契約獲得の意義について、「国際指名入札により今後40年という長期にわたる石油権益を得られた意義は極めて大きい」と述べた。獲得の背景としては、1970年代からアブダビで40年間操業してきたことで信頼関係を築けたことに加え、日本政府による積極的な資源外交のおかげで政府間に相当強い関係ができていた点を挙げている[9]。
結果
地政学リスクを回避する調達網
取得した日量8万〜9万バレルの原油は、当時の日本の原油輸入量(日量345万バレル、2014年)の2%強に過ぎなかった。ただし、ADCO鉱区の原油は9割がインド洋岸のフジャイラ港から輸送可能で、ホルムズ海峡が封鎖された場合の地政学リスクを避けられる調達網としての意義があった。政府が掲げる自主開発比率40%目標のもとでは、長期の課題であった安定調達の実現に近づく契約となった[10]。
日中韓が争った権益獲得競争で、アブダビ側がトタルに次いで選んだのは日本であった。中韓にはない開発実績と積極的な資源外交が評価されたとみられ、日本にとっては久方ぶりとなる大規模油田権益の獲得であった。安倍政権下で強化された政府間関係が、民間企業の資源獲得競争を後押しした事例となった[11]。
中東・アフリカ事業を支える収益基盤
権益取得後もINPEXは同鉱区で5%の参加権益を保持し続けた。公式サイトによれば、現在の権益比率はADNOC60%・トタル10%・BP10%・CNPC8%・INPEX5%・NPIC4%・GS3%という構成で、中国企業や地元企業の新規参入を経てもINPEXの5%は変わっていない。半世紀近い操業実績を土台にした長期権益は、資源価格が変動するなかでも安定した保有として維持されている[12]。
中東・アフリカセグメントは、権益取得後もINPEXの利益の柱であり続けた。有価証券報告書のセグメント情報によれば、2019年3月期の中東・アフリカセグメントは売上高6,144億円に対し利益4,121億円を計上し、連結利益の大部分を同セグメントが稼ぎ出す構造が続いた。40年契約で得た陸上鉱区の権益は、こうした収益構造の土台の一部となっている[13]。
- 週刊東洋経済 2015年5月8日号「核心リポート03 アブダビ巨大油田巡る"資源外交"の舞台裏」
- Wedge(2015年6月9日)「久方ぶりに日本が獲得した大規模油田権益 INPEX北村俊昭社長に舞台裏を聞く」
- INPEX公式サイト「アブダビ陸上鉱区(ADCO)の概要」
- INPEX公式サイト「アブダビ陸上鉱区(ADCO)」
- 国際石油開発帝石 有価証券報告書(連結、セグメント情報)