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米国事業(Mercari US)への継続投資と累計約181億円の評価損

2014年実施

日本で確立したCtoCモデルを、山田進太郎社長はなぜ米国で貫き続けたのか

時期 2014年9月
意思決定者 山田進太郎(社長)
論点 海外市場への継続投資
概要
2014年、日本で急成長したスマホ完結のフリマアプリ「メルカリ」を米国へ持ち込み、山田進太郎社長みずからサンフランシスコに長期滞在するなどして米国事業(Mercari US)を主導した経営判断。しかしeBayやFacebook Marketplaceなど既存の中古取引の慣行に阻まれ、2018年6月期に約103億円、2023年6月期第2四半期に約80億円(累計で約181億円規模)の関係会社株式評価損を計上した。
背景
国内CtoC市場ではフリマアプリという新カテゴリーを切り開いて先行したが、日本市場だけでは長期の成長を描きにくかった。スマートフォンの普及が早く個人間取引の市場規模も大きい米国を次の柱と位置づけたが、中古取引の文化が根付く米国で日本流の「手軽さ」が通用するかは未知数であった。
内容
2014年1月に米国子会社Mercari, Inc.を設立し、9月に米国版を当初は手数料無料で提供開始した。US版も日本のプロダクトチームが開発する体制をとり、2017年には元Googleのジョン・ラガーリング氏を米国事業のトップに迎えるなど、国内で得た利益を投じて成長を追い続けた。
含意
巨額の評価損を重ねながらも撤退せず、成長の柱と位置づけて投資を続けた点に特徴がある。マーケティングの効率化と固定費の見直しを経て2025年6月期に米国事業はブレイクイーブンへ到達したが、日本での成功モデルをそのまま海外で再現することの難しさと、上場企業が背負う投資規律のあり方という問いを残した。
筆者の見解

「再現」ではなく「再発明」——海外展開が突きつけた規律

この経営判断の核心は、日本で確立したCtoCモデルを未開拓の市場とみた米国へ持ち込み、巨額の評価損を重ねても撤退せず、成長の柱として投じ続けた点にある。山田社長がみずからサンフランシスコに長期滞在し、後年には現地子会社のCEOまで兼ねたことは、この事業を単なる海外展開の一つではなく本命と位置づけていたことを示している。一方で、eBayなど既存の担い手と対面取引の慣行が根付く米国では、日本での成功の要因であった「スマホで手軽に」という価値だけでは決め手にならなかった。日本市場が未開拓であったこととテレビCMによる短期間の認知獲得がかみ合った日本の成功は、条件の異なる米国でそのまま再現できるものではなかったとみられる。

それでも撤退せず、投資規律を見直しながら米国事業をブレイクイーブンまで引き戻した過程は、成長期待を背負った上場企業が、拡大一辺倒からどこで規律を効かせるかを問われ続けることを示している。海外市場への継続投資は、正解の見えないなかで学びながら適合させる長期の営みであり、日本のモデルの単純な「再現」ではなく現地に合わせた「再発明」を要する。累計で約181億円規模の評価損は、その難しさと、成功体験をどこまで海外に持ち出せるのかという問いを、数字で残した事例といえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

国内で切り開いたスマホCtoCと、次に見据えた米国

メルカリは2013年7月、スマートフォンで写真撮影から出品・購入・決済までを完結できるCtoCマーケットプレイス「メルカリ」を日本で提供開始し、フリマアプリという新しいカテゴリーそのものを市場に定着させた。従来のPC前提のオークションと異なる即決価格と手軽さは、それまで個人間取引に参加していなかった層を巻き込み、急速な利用者拡大をもたらした。もっとも、国内の人口とモノの循環量には上限があり、日本市場だけでは長期の成長曲線を描きにくいという認識が早い時期から共有されていた[1]

山田進太郎社長は創業当初から海外を視野に入れており、スマートフォンの普及が早く、個人間取引の市場規模も日本を大きく上回る米国を次の成長の中心に据えた。ただし、米国では日本流の「スマホで手軽に売買できる」という価値がそのまま優位性になるとは限らず、現地の取引慣行を学びながら適合させていく必要があるという難しさもはらんでいた[2]

山田社長が「本命」と位置づけた海外展開

メルカリは2014年1月に米国子会社Mercari, Inc.を設立し、同年9月に米国版の提供を始めた。山田社長ら経営陣はたびたびサンフランシスコに長期滞在して地盤固めを進め、社長自身が現地に深く関与した。開発面ではUS版も日本のプロダクトチームが日本版とあわせて担う体制をとり、海外展開を外部に委ねるのではなく、自社の中核チームが主導する「本命」の事業として位置づけていた[3][4]

決断

手数料無料での船出と、国内の利益を投じる継続投資

米国版は2014年9月、まず手数料無料で提供を始めた。収益よりもユーザー獲得を優先し、日本での成功の再現をねらう戦略であった。取引の定着を待って2016年10月に商品代金に応じた手数料の徴収を開始したが、それでも米国事業は黒字化には遠く、国内で積み上げた利益を米国のマーケティングと開発に投じ続ける構造が続いた。日本市場が生み出すキャッシュを海外の成長投資に回すという、明確な資源配分の判断であった[5]

2017年6月には、Googleでアンドロイドのグローバル提携責任者などを務め、その後Facebookに移った経歴を持つジョン・ラガーリング氏を経営陣に迎え、米国子会社Mercari, Inc.の経営を託した。国内で培ったプロダクトの強みに、グローバル企業出身の経営人材を組み合わせることで、米国市場の開拓を加速させようとする布石であった[6]

評価損を計上しても撤退しないという選択

米国事業の収益化の遅れは、早い段階で会計上の負担として表面化した。メルカリは2018年6月期の個別決算で、実質価額が著しく下落した子会社株式について、主に米国子会社Mercari, Inc.に係る関係会社株式評価損など約103億円を特別損失に計上した。この評価損は連結決算上は消去されるため連結損益への影響はないものの、親会社の帳簿の上では、米国への出資が期待どおりの価値を生んでいない現実を突きつけるものであった。それでもメルカリは米国からの撤退を選ばず、成長の柱として投資を続けた[7]

結果

コロナ後の失速と、二度目の巨額評価損

米国事業は巣ごもり需要を追い風に、2021年4〜6月期に四半期ベースで初めて調整後営業損益の黒字を達成した。しかし需要の反動と競争激化により、その後は再び赤字が続いた。2024年6月期の連結決算では、米国事業は赤字こそ縮小したものの流通取引総額(GMV)が前年から10%減少し、市場の一部では米国からの撤退観測も出るまでになった。eBayをはじめとする中古品売買の担い手が根付いた米国市場で差別化を図ることの難しさが、数字にあらわれていった[8]

米国への投資は、二度目の大きな評価損として再び表面化した。メルカリは2023年6月期第2四半期の個別決算で、関係会社株式評価損108億2400万円を特別損失に計上し、そのうち米国子会社Mercari, Inc.に係るものが79億8700万円を占めた。2018年6月期の約103億円とあわせると、米国事業に関する評価損は累計で約181億円規模に達した。いずれも連結決算上は消去され連結損益には影響しないものの、親会社が米国に投じた出資の回収の遅れを繰り返し映し出す結果となった[9]

転機は投資姿勢の見直しであった。山田社長は投資家との対話で、それまでの全方位に積極的な投資から、慎重に見極めながら投資する姿勢へ切り替えたと語った。米国事業でもマーケティング費用の効率化と固定費の見直しを進めた結果、2025年6月期には米国事業がブレイクイーブンに到達した。2024年11月にはラガーリング氏の退任にあわせ、山田社長が自らMercari, Inc.のCEOを兼ねることを決め、創業者が改めて米国事業の立て直しに正面から向き合う体制へ移した[10][11]

出典・参考