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スマホ前提のCtoCを「即決価格」で再定義したメルカリの創業

2013年実施

ウノウを売却した山田進太郎社長は、なぜオークションではなく「フリマ」を選んだのか

時期 2013年7月
意思決定者 山田進太郎(社長)
論点 スマホCtoCの再定義
概要
2013年、ウノウの設立・売却を経た山田進太郎社長が株式会社コウゾウ(後のメルカリ)を興し、スマートフォンに完全特化したフリマアプリ「メルカリ」を、価格を競り上げるオークションではなく出品者が価格を決める即決価格モデルでリリースした創業判断。
背景
当時の国内CtoCはパソコン前提のオークションが中心で、出品や取引に手間がかかっていた。一方でスマートフォンの普及により写真撮影や決済が日常化し、スマホに最適化したCtoCの一番手はまだ定まっていなかった。
内容
ヤフオク!的なオークションを採らず、実際のフリーマーケットのように出品者が値を決める即決価格のフリマ形式を採用。写真撮影から数分で出品でき、事務局が決済を介在させて安全性を担保した。開発途中でHTML5製アプリを廃棄しネイティブへ作り直し、2013年7月にAndroid・iPhone版を公開した。
含意
価格が決まっていることで購入の判断が速く、出品から購入までの回転が上がり、個人間の売買が「日常化」した。完成度より実利用からの学習を優先し、従来CtoCに参加しなかった層を巻き込んで、フリマアプリという新カテゴリを市場に定着させる起点となった。
筆者の見解

規模より速さ、「1位」を賭けた創業設計

この創業判断の核心は、資金や技術の制約への対応ではなく、CtoCという取引の形そのものをスマートフォン前提で組み替えた点にある。ヤフオク!以来の日本のCtoCはオークションを前提としてきたが、山田社長は価格を競り上げる方式を捨て、出品者が値を決める即決価格のフリマを選んだ。価格が確定していることは、購入の判断を速め、出品と購入の回転を上げ、個人間の売買を特別な行為から日常の行為へと近づけた。完成度の高さよりも、スマホで「サクサク動く」実利用の体験を優先し、HTML5から作り直してまでネイティブにこだわった姿勢にも、市場適合を最優先する創業者の判断がうかがえる。既存プレーヤーとシェアを争うのではなく、新しいカテゴリそのものを立ち上げにいった点に、この決断の性格が表れているとみられる。

もっとも、この創業設計は、その後の成長モデルの原型でもあった。市場で1位を取ることを最優先する姿勢は、持ち分の希薄化をいとわない積極的な資金調達と、テレビCMを含む大規模な広告投資へとつながっていく。ネットワーク効果が働くCtoCでは、いち早く規模を取った側が優位に立つ一方、売上の大半を広告に投じるような高い固定費構造は、成長が鈍化した局面で調整の余地を狭める。日本で確立したスマホCtoCのモデルを持ち込んだ米国事業が、累計で百億円を超える減損を計上したことも、この創業期に選んだ「規模を先に取りにいく」発想の裏側にある課題を示している。速さと規模を賭けて新しい市場を切り開いた2013年の選択は、メルカリのその後の強さと難しさの双方を同時に用意した出発点だったとみることができる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

パソコン前提のCtoCと、スマホの普及

2010年代初頭の日本では、個人どうしのモノの売買はパソコン前提のインターネットオークションが中心で、出品から落札までの手続きに一定の手間がかかっていた。一方でスマートフォンが急速に普及し、写真の撮影や投稿、決済といった行為が日常の一部になりつつあった。ウノウの設立と売却を経験していた山田進太郎社長は、こうした変化のなかに、まだ一番手が定まっていないスマホ前提のCtoC市場が開けつつあると見ていた。すでに「毎日フリマ」や「Fril」といった先行アプリもあり、市場の存在そのものは確からしいという手応えがあったとされる[1]

山田社長の経歴も、この判断の下敷きになっていた。2001年にウノウを設立し、写真共有サービスやソーシャルゲームを手がけたのち、2010年8月にウノウ株式を米ジンガへ譲渡し、買収後のジンガ・ジャパンを2012年1月に退職した。半年ほどの世界一周の旅を挟み、2013年2月1日、東京都港区六本木で新会社・株式会社コウゾウの代表取締役社長として再び起業に踏み出した。旅の途中で世界中の人々がスマートフォンを持ち歩く光景を目にしたことが、スマホ前提のサービスへの確信を強めたとされる[2]

「捨てるのではなく譲る」という発想とCtoC

山田社長がCtoCにこだわった背景には、限られた資源を無駄なく循環させるという発想があった。いらなくなったものを捨てるのではなく誰かに譲り、それをまた使ってもらう仕組みを、個人どうしの取引として社会に根づかせたいという問題意識である。同時に山田社長は、企業が仲介に立つ形ではなく、個人が主役となるピュアなCtoCそのものを志向していた。プラットフォームを自ら手がけたいという起業家としての志向と、資源循環という社会的なテーマとが、スマホ前提のCtoC設計のなかで結びついていた[3]

決断

オークションではなく「即決価格のフリマ」を選ぶ

2013年7月、株式会社コウゾウはスマートフォン向けフリマアプリ「メルカリ」を公開した。同社はこのサービスを、実際のフリーマーケットのように、出品者がスマホのカメラで簡単に商品を出品し、購入者が安全に買い物できるアプリと位置づけた。ヤフオク!に代表される、価格を競り上げるオークション方式は採らず、出品者があらかじめ価格を決める即決価格のフリマ形式を基本に据えた点が、設計上の核心である。写真を撮ってジャンルやサイズ、金額を選ぶだけで、数分あれば出品が完了する手軽さを前面に打ち出した[4]

即決価格の採用は、取引のスピードと分かりやすさを優先する判断であった。価格が決まっていれば購入の意思決定が速く、落札を待つ必要もない。購入者にとっては、ネットオークションにありがちな出品者との煩雑なやり取りが不要で、決済もクレジットカードやコンビニ、銀行ATMに対応させ、通常のネットショッピングに近い感覚で買えるようにした。加えて、代金は事務局がいったん預かってから出品者へ渡すエスクロー型の仕組みを採り、個人間取引につきまとう不安を抑えた。山田社長自身は、先行するフリマアプリからシェアを奪うというより、オークションとは異なるフリマの体験を通じてCtoC市場そのものの伸びしろを開拓する感覚だったと語っている[5][6]

スマホ前提を貫くための作り直しと初期の資金調達

設計思想を実装に落とし込む過程で、山田社長は早い段階で大きな作り直しに踏み切っている。開発当初はHTML5を使い、変更をサーバー側だけで反映できる方式で進めていたが、動作の重さと操作性の悪さがユーザー体験を損なうと判断し、2013年4月ごろに既存のコードを捨てて、動きの速いフルネイティブでの再開発に切り替えた。開発側の利便よりも、スマホで「サクサク動く」体験を最優先する選択である。作り直しを経て、7月上旬にAndroid版を、同月下旬にiPhone版を公開した[7]

創業初期の資金も、この時期に相次いで確保している。iPhone版を公開した2013年7月には、East Venturesを引受先とする第三者割当増資で5,000万円を調達し、続く8月にはユナイテッドを引受先に約3億円を確保した。山田社長は、自己資金だけで進めるより外部から資金を入れることを重視したという。自分の財布と会社の財布が分かれることで、人材採用への思い切った投資に踏み切れるという理由である。持ち分が薄まっても、この市場で1位を取ることを優先するという方針が、初期の資本政策の底にあった[8][9]

結果

フリマアプリという新カテゴリの成立

メルカリは公開直後から反応を得た。iPhone版を出した2013年7月下旬の時点で利用者は5万人を超え、出品数は1万点を上回り、Google Playのライフスタイル分野で首位に立った。同年11月には、浸透し始めたアプリ名に社名を合わせるかたちで、株式会社コウゾウから株式会社メルカリへ商号を変更した。設立からリリース、社名変更までを1年足らずで駆け抜けたことになる[10][11]

このリリースを起点に、メルカリは急速に利用を広げていく。2014年3月末には14億5,000万円を調達し、ゴールデンウィーク明けからテレビCMの放映に踏み切って、フリマアプリという概念を一部のIT利用者から一般の生活者へと広げた。オークションではなく即決価格のフリマという設計は、出品から購入までの回転を速め、個人間の売買を日常の行為へと変えていった。従来CtoCに参加してこなかった層を巻き込み、フリマアプリという新しいカテゴリそのものを市場に定着させる起点となったといえる[12]

出典・参考