1ヘクタール月90万円の賃貸と、1ヘクタール2億円の分譲。この差は、経営者の気概や技術の優劣で埋められる種類のものではない。坂本幸雄社長が台中を選んだ判断は、当時の条件に照らせば合理的であったと思われる。単独では月産20万枚のサムスンに届かず、力晶と組めば39万枚に達する。日本に置けば同じ投資で作れる枚数が減少する。規模で決まる産業にいる以上、立地は選べるものではなく、条件が決めるものであった。
ただ、この合理が公的支援の論理と噛み合わなかったことは、2009年以降に表面化する。破綻後の入札で買い手が値を付けたのが広島ではなく台湾の工場だった点は、その齟齬を最も端的に示している。企業が国を選ぶ時代に、国が企業を選び直そうとした——両者のずれが、後年の支援の中途半端さに影を落としたといえる。