2002年11月、坂本幸雄氏が代表取締役社長に就任[1]した。
それでも2003年3月期の連結売上高は632億円、当期純損失は261億円で、連結従業員は630人から582人へ減った[2]。同期は第三者割当増資で118万株を発行して資本金と資本準備金がそれぞれ295億円増え、自己資本比率は17.0%から44.1%へ上がって[3]いる。
2003年3月、三菱電機からDRAM事業を譲り受け、開発エンジニアを受け入れた[4]。同じ月に台湾のパワーチップ・セミコンダクターとDRAM調達契約を結び[5]、2003年9月には生産を担う子会社の広島エルピーダメモリを設立[6]している。2004年3月期の連結売上高は1004億円へ増えたが、当期純損失269億円が残った[7]。連結従業員は582人から2069人へ増え、総資産は966億円から3006億円へ膨らんで[8]いる。
2004年11月、東京証券取引所市場第一部へ株式を上場[9]した。公募増資と同年12月のオーバーアロットメントによる第三者割当で3185万株を発行し、資本金は406億円、資本準備金は652億円増えて[10]いる。あわせて欠損を埋めるため資本準備金292億円を取り崩した[11]。2005年3月期の連結売上高は2070億円と前期の約2.1倍に伸び、営業利益151億円、当期純利益82億円を計上[12]して設立以来はじめて黒字となった。自己資本比率も27.0%から改善している[13]。
2006年3月期は連結売上高2416億円まで伸びながら、経常損失31億円、当期純損失47億円[14]を計上した。パソコンとサーバ向けDRAMの市況悪化で利益率が下がり、米国の独占禁止法をめぐる争訟の和解金と訴訟和解引当金の繰入も重なって[15]いる。それでも設備投資は止めず、タームローンで300億円、日本政策投資銀行からの新規借入で200億円、セール・アンド・リースバック取引で288億円を調達して広島の300ミリ工場へ投じた[16]。2005年10月にはE300エリア2で量産を始めて[17]いる。2006年10月には日立製作所からアキタ電子システムズの半導体後工程事業を譲り受け、秋田エルピーダメモリとして事業を始めた[18]。
2007年1月、台湾のパワーチップ・セミコンダクターと、台中の中部サイエンスパークにDRAM生産の合弁会社レックスチップを設立することで正式に合意[19]した。坂本社長は2006年12月7日の台湾での会見で『今回の力晶との合弁設立も元親会社に事前に相談していない。エルピーダと力晶はこれまで親戚だったが、これからは家族』[引用元]と述べた。
2007年3月期の連結売上高は4900億円と前期の約2倍に増え、営業利益684億円、当期純利益529億円[20]を計上した。自己資本比率は49.7%まで上がり、連結従業員は3227人になって[21]いる。坂本社長は『社長に就任した02年11月には債務超過で企業価値はマイナス。それを4年で8000億円にした』[引用元]と語っている。設備投資の資金は2006年7月の公募増資と同年8月の第三者割当で1338億円、2007年1月発行の第5回無担保社債で300億円を調達[22]した。設立から8期目で得たこの利益が、エルピーダメモリにとって最大の黒字[23]となった。
2008年3月期の連結売上高は4055億円、営業損失249億円、当期純損失235億円[24]だった。2009年3月期には売上高3310億円に対し営業損失1474億円、当期純損失1789億円[25]を計上した。同期末の有利子負債は4950億円へ膨らみ、自己資本比率は46.1%から17.3%へ落ちて[26]いる。
2008年4月には生産子会社の広島エルピーダメモリを吸収合併[27]し、提出会社の従業員は1017人から3089人へ増えた[28]。2009年3月にはレックスチップとテラプローブを連結子会社にして[29]いる。総資産は7544億円から9653億円へ[30]膨らんだ。2009年3月期は長期コミットメントラインから1100億円、転換社債型新株予約権付社債で500億円、セール・アンド・リースバック取引で328億円を調達[31]し、設備投資に充てている。
2009年6月30日、改正産業活力再生特別措置法にもとづく事業再構築計画の認定[32]を受けた。
公的資金の受け入れについて、坂本社長は『自分たちが生き残って、次への投資ができるということを考えるべきで、プライドのためにそれをやらないという選択肢はない』[引用元]と述べた。『政府、特に経済産業省が信じられないぐらいに協力的でした』[引用元]とも振り返っている。国が支援した理由について、経済産業省幹部は『DRAM産業は日本にないといけない。供給元が韓国勢だけになってしまうと産業界の競争力にかかわる』[引用元]と説明した。
2010年3月期と2011年3月期は市況の回復で黒字を確保[33]し、2011年3月期の連結売上高5143億円は設立以来の最高[34]となった。それでも当期純利益は21億円にとどまり、期末の有利子負債は3372億円[35]が残った。2010年12月にはテラプローブが東京証券取引所マザーズ市場へ上場して持分法適用関連会社となり[36]、2011年2月には台湾証券取引所へ台湾預託証券を上場[37]している。決算説明会で坂本社長は『最先端の技術を使っているのに、(コンビニで売っている)おにぎり半分の値段にしかならない』[引用元]と述べている。
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|---|---|---|---|---|
| 日本電気と日立製作所のDRAM事業を統合しNEC日立メモリを設立 | ★★ | |||
| DRAM製品の開発事業に参入 | ★ | |||
| 商号をエルピーダメモリに変更 | ★ | |||
| 直径300mmウェハ対応の自社工場E300Fabの建設に着手 | ★ | |||
| 2003〜2007年外から来た経営者が親会社から自立させ、529億円を稼いだ4年 | 坂本幸雄 | 三菱電機よりDRAM事業を譲り受け、開発エンジニアを受け入れ | ★★ | |
| 坂本幸雄 | 生産を担当する子会社、広島エルピーダメモリを設立 | ★ | ||
| 坂本幸雄 | 東京証券取引所市場第一部に株式を上場 | ★ | ||
| 坂本幸雄 | アキタ電子システムズの半導体後工程事業を譲受 | ★ | ||
| 坂本幸雄 | 台湾・力晶半導体との折半出資によるDRAM生産合弁レックスチップの設立 2007年1月、エルピーダメモリが台湾のパワーチップ・セミコンダクター(力晶半導体)と、台中の中部サイエンスパークにDRAM生産の合弁会社レックスチップ(瑞晶半導体)を設立することで正式合意した経営判断。両社が3年間でそれぞれ年800億円を投じ、フル稼働時には300ミリウェハ換算で月産24万枚を見込んだ。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2008〜2011年価格暴落と1789億円の赤字、そして産活法第1号となった公的資金 | 坂本幸雄 | Rexchip Electronics Corporationとテラプローブを子会社化 | ★ | |
| 坂本幸雄 | 改正産業活力再生特別措置法にもとづく日本政策投資銀行からの優先株300億円の受け入れ 2009年6月30日、エルピーダメモリが改正産業活力再生特別措置法にもとづく事業再構築計画の認定を、一般企業として最初に受けた経営判断。日本政策投資銀行が300億円の優先株を引き受けて100億円を融資し、政府が出資額の最大8割を保証した。主要取引銀行も1000億円の協調融資に応じている。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 坂本幸雄 | 会社更生法の適用申請と、米マイクロン・テクノロジーへの譲渡 2012年2月27日、エルピーダメモリが東京地方裁判所に会社更生手続の開始を申し立てて経営破綻した経営判断。負債総額4480億円は国内製造業で過去最大の倒産規模となった。坂本幸雄社長が更生管財人となり、支援企業の入札を経て2013年7月末に米マイクロン・テクノロジーの傘下へ入った。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 坂本幸雄 | 負債総額4480億円は国内製造業で過去最大 | ★★ | ||
| 坂本幸雄 | 東京証券取引所が株式を上場廃止 | ★ | ||
| マイクロン・テクノロジーの子会社に | ★★ |
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事実根拠:出所(エルピーダメモリ)