本業が強いうちに次を仕込むという判断は、言葉にすれば正論に聞こえる。だが実際には、稼ぎ頭が好調なさなかに、成果の読めない海外事業へ資金と人を割く割り切りが要る。宝酒造がそれを実行できたのは、ビール撤退で本業を痛めた記憶が経営に残っていたからだと思われる。焼酎のブームがいつか終わることを、この会社は身をもって知っていた。ゆえに、絶頂で動いたところにこの判断の凄みがあるといえる。
もっとも、仕込んだ種の多くはこの時点では花開かなかった。ウイスキーもバーボンも本業の主力事業にはならず、1990年代の停滞をこの多角化が救ったわけではない。それでも、海外で買い、経営する経験だけは会社に残った。20年以上を経て、その経験が日本食材流通という別の形で実を結んだとき、1980年代の多角化は結果として長い伏線であったのだろう。先行投資の成否は、しばしば当人の想定とは違う場所で決まるのかもしれない。