日本電子 の歴史

更新: Author:

創業 1949年
創業者 風戸健二
創業地 東京都三鷹
創業
1949年5月、風戸健二氏らが東京都三鷹市に総員13名・資本金50万円で株式会社日本電子光学研究所を設立した。起点は1946年5月で、科学振興と工業立国に日本再建の道を見たグループが千葉県茂原市で電子顕微鏡の研究開発に着手し、約1年半の試作を経ている。風戸健二氏は海軍技術研究所で対空ミサイルの開発計画を担った技術士官で、復員の整理中に読んだ黒岩大助『電子顕微鏡』が出発点となった。当時この装置を作れるのは独ジーメンスや米RCAなど欧米数社に限られ、占領下の日本では入手そのものが難しい。設立に前後してJEM-1型電子顕微鏡を完成させ、1950年2月には通商産業省から育成発展せしむべき企業との推薦を受けた。1961年5月に日本電子株式会社へ商号を改めている。
決断
輸入品の代わりから始めた会社が、代わりの利かない装置に行き着いた。1952年に高周波焼入装置で産業機器、1956年に磁気共鳴装置で分析機器、1972年に生化学自動分析装置で医用機器へ参入し、電子顕微鏡を含む4つの製品群を持つに至る。1973年4月にはオーナー主導の意思決定を合議制へ開き、三事業部制へ移行する。第1次石油危機のあとは売上に人員が見合わないと判断し、1974年3月末に2,568名だった従業員を翌年3月末に1,900名とする計画を決めた。2019年6月に就任した大井泉社長は半導体計測へ投資を集中し、2021年10月には武蔵村山製作所を開所している。EUV世代のフォトマスクを描くマルチビーム電子線描画装置をオーストリアのIMSと共同開発したことが、大学へ装置を納めてきた会社の業績を半導体メーカーの設備投資に結び付けた。
現況
祖業の計測機器が売上の65%を占め、利益の6割は半導体向けの装置から出る。2026年3月期の連結売上高1,793億円は、理科学・計測機器1,162億円、産業機器481億円、医用機器149億円で構成される。セグメント利益は産業機器193億円に対し、理科学・計測機器130億円、医用機器は0.6億円にとどまり、売上の27%を占める産業機器が利益の6割を出している。営業利益260億円、当期純利益220億円。前期の2025年3月期は売上高1,966億円・営業利益355億円と過去最高だったが、半導体投資の一巡で減収減益となった。産業機器の中心は電子線描画装置と半導体パッケージ検査用CTで、大学へ電子顕微鏡を納めてきた電子光学の技術が、業績を半導体工場の設備投資に委ねる事業へ変わった。
競合
劣位に置かれたのは製品の質ではなく、選んだ方式のほうだった。1973年度の自社調査では、透過電子顕微鏡でフィリップスに次ぐ世界2位・シェア約25%、走査電子顕微鏡で世界1位を占めた。一方、核磁気共鳴装置ではパルスフーリエ変換方式を採る他社の新製品が出て主力機種が劣位に置かれ、1971年4月にFT-NMRを完成させたものの、相次ぐ仕様変更で欧米市場は苦戦する。電子顕微鏡では1970年代から日立製作所日立製作所やシーメンス、ツァイスと競い、現在も日立ハイテク、サーモフィッシャーサイエンティフィック、ツァイスとの寡占で上位を保つ。方式で劣位へ置かれた核磁気共鳴装置では、高磁場化に要る超伝導磁石のメーカーを2025年1月に取得し、外から買っていた部材を50年越しに自社の内側へ入れた。
日本電子:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2002年3月期2026年3月期

創業ストーリー 電子顕微鏡国産化を起点とする理科学計測機器メーカーの誕生 (1949年〜)

三鷹市での創業と電子顕微鏡国産化の決意

創業は終戦直後の1946年5月に遡る。科学振興と工業立国に日本再建の道を見た風戸健二氏を中心[1]とするグループが、千葉県茂原市で電子顕微鏡の研究開発に着手した[2]。約1年半の試作の末に電子顕微鏡の試作機を完成させ、1949年5月、その茂原時代の実績を母体として総員13名・資本金500千円の株式会社日本電子光学研究所を東京都三鷹市に設立した。[3][4][5]戦後の物資不足と外貨制約のなかで電子顕微鏡の国産化に挑む技術志向の集団としての船出であった。

  • 日本電子 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [1]創業者は風戸健二氏(社史)
    • [2]1946年5月 風戸健二氏を中心とするグループが千葉県茂原市で電子顕微鏡の研究開発に着手(社史)
    • [5]設立時の総員は13名(社史)
  • 日本電子 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [3]1949年5月 株式会社日本電子光学研究所を東京都三鷹市に設立(電子顕微鏡の製造・販売を開始)
    • [4]設立時の資本金は500千円

電子顕微鏡は、光学顕微鏡では到達できないナノメートル領域の観察を可能にする計測装置で、金属組織・半導体材料・生物試料の構造解析に不可欠な機器である。設立に前後してJEM-1型電子顕微鏡を完成させ[6]、1950年2月には通商産業省から『育成発展せしむべき企業』との推薦[7]を受けて、国産電子顕微鏡メーカーとしての地歩を固めた。1955年2月には三鷹製作所の社屋を購入し[8]、販路開拓のため東京・丸ノ内と大阪に営業所、フランス・パリに代理店を置いて事業拡大の拠点を整えた。1956年4月にはフランス政府原子力研究所へ電子顕微鏡を納入し[9]、これが30数カ国への輸出の糸口となった。基礎研究と産業応用の両面で需要が拡大していく成長分野であった。創業から3年後の1952年11月には産業機器分野へ進出[10](高周波焼入装置完成)、1956年8月には分析機器分野へ進出(磁気共鳴装置完成)[11]した。NMR(核磁気共鳴装置)等の分析機器事業の起点で[12]、後年の理科学・計測機器事業の柱となる領域に初めて参入した。

  • 日本電子 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [6]設立前後にJEM-1型電子顕微鏡を完成(社史)
    • [7]1950年2月 通商産業省から「育成発展せしむべき企業」との推薦を受ける(社史)
    • [8]1955年2月 三鷹製作所の社屋を購入、東京丸ノ内・大阪に営業所、フランス・パリに代理店を設置(社史)
    • [9]1956年4月 フランス政府原子力研究所へ電子顕微鏡を納入、30数カ国への輸出の糸口となる(社史)
  • 日本電子 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [10]1952年11月 産業機器分野へ進出(高周波焼入装置完成)
    • [11]1956年8月 分析機器分野へ進出(磁気共鳴装置完成)
    • [12]磁気共鳴装置完成はNMR等分析機器事業の起点

創業者の風戸健二氏は、海軍機関学校で技術教育を受け、海軍技術研究所で対空ミサイル開発計画のマネージャー[13]を務めた技術士官であった。復員準備の整理中に、かつて呉で入手していた黒岩大助『電子顕微鏡』(1942年)に目を通したことが事業の出発点[14]となり、敗戦で痛感した日本の科学技術の遅れを電子顕微鏡の国産化に賭けた。1949年5月、海軍技術研究所時代から縁の深かった伊藤庸二の光電製作所・日本無線の協力で、三鷹市上連雀にあった日本無線研究所の一隅[15]を借りて事業を開始した。社名『日本電子光学研究所』の英訳 Japan Electron Optics Laboratory の頭文字が、後の略称JEOLの由来[16]である。初期のJEM-1型は山梨大学・東京大学生産技術研究所[17]をはじめ国公立大学・研究機関へ納入され、国産電子顕微鏡メーカーとしての評価を確立した。

  • 日本電子 日本電子三十五年史(日本電子, 1986)
    • [13]風戸健二は海軍機関学校で技術教育を受け、海軍技術研究所で対空ミサイル開発計画のマネージャーを務めた(社史)
    • [14]黒岩大助『電子顕微鏡』(1942年)との出会いが事業の出発点(社史)
    • [15]1949年5月 伊藤庸二(光電製作所)・日本無線の協力で三鷹市上連雀の日本無線研究所の一隅を借りて創業(社史)
    • [16]略称JEOLは英文社名 Japan Electron Optics Laboratory の頭文字に由来(社史)
    • [17]初期のJEM-1型は山梨大学・東京大学生産技術研究所など国公立大学・研究機関へ納入(社史・表1-2)
  • 日本電子 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [1]創業者は風戸健二氏(社史)
    • [2]1946年5月 風戸健二氏を中心とするグループが千葉県茂原市で電子顕微鏡の研究開発に着手(社史)
    • [5]設立時の総員は13名(社史)
    • [6]設立前後にJEM-1型電子顕微鏡を完成(社史)
    • [7]1950年2月 通商産業省から「育成発展せしむべき企業」との推薦を受ける(社史)
    • [8]1955年2月 三鷹製作所の社屋を購入、東京丸ノ内・大阪に営業所、フランス・パリに代理店を設置(社史)
    • [9]1956年4月 フランス政府原子力研究所へ電子顕微鏡を納入、30数カ国への輸出の糸口となる(社史)
  • 日本電子 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [3]1949年5月 株式会社日本電子光学研究所を東京都三鷹市に設立(電子顕微鏡の製造・販売を開始)
    • [4]設立時の資本金は500千円
    • [10]1952年11月 産業機器分野へ進出(高周波焼入装置完成)
    • [11]1956年8月 分析機器分野へ進出(磁気共鳴装置完成)
    • [12]磁気共鳴装置完成はNMR等分析機器事業の起点
  • 日本電子 日本電子三十五年史(日本電子, 1986)
    • [13]風戸健二は海軍機関学校で技術教育を受け、海軍技術研究所で対空ミサイル開発計画のマネージャーを務めた(社史)
    • [14]黒岩大助『電子顕微鏡』(1942年)との出会いが事業の出発点(社史)
    • [15]1949年5月 伊藤庸二(光電製作所)・日本無線の協力で三鷹市上連雀の日本無線研究所の一隅を借りて創業(社史)
    • [16]略称JEOLは英文社名 Japan Electron Optics Laboratory の頭文字に由来(社史)
    • [17]初期のJEM-1型は山梨大学・東京大学生産技術研究所など国公立大学・研究機関へ納入(社史・表1-2)

「日本電子」への社名変更と東証上場

1960年9月、東京都昭島市にさくら精機株式会社(1989年12月『日本電子テクニクス株式会社』に変更[18]、2021年4月日本電子に吸収合併)を設立した。研究開発と生産の分離は、研究開発型ベンチャーが製品の量産対応を進める際の典型的な組織設計である。

  • 日本電子 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [18]1960年9月 さくら精機株式会社を東京都昭島市に設立(1989年12月「日本電子テクニクス株式会社」に変更、2021年4月当社に吸収合併)

1961年5月、『日本電子株式会社』に商号変更[19]した。社名は『光学』を外し、より広い電子機器メーカーとしてのアイデンティティを示す方向への転換であった。1962年4月、資本金を2億1,000万円に増資[20]して東京証券取引所市場第二部に上場し[21]、公開市場での資金調達体制を整えた。創立当時50万円でスタートした資本金[22]は毎年のように増資を重ねており、上場前年には3,500万円、上場直前の倍額増資を経てこの水準に達したものである。同年12月には米国にJEOLCO(U.S.A.)INC.(1993年4月『JEOL USA,INC.』に変更)を設立し[23]、米国市場への進出を拡大した。創業から13年で海外展開に着手したのは、電子顕微鏡という製品の主要市場が欧米先進国であり、現地販売・サービス拠点の必要性が高かったためである。

  • 日本電子 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [19]1961年5月 「日本電子株式会社」に商号変更
    • [21]1962年4月 東京証券取引所市場第二部に上場
    • [23]1962年12月 米国にJEOLCO(U.S.A.)INC.を設立(1993年4月「JEOL USA,INC.」に変更)
  • 日本電子 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [20]東証二部上場時に資本金を2億1,000万円へ増資(創立時50万円、上場前年3,500万円から倍額増資を経て)(社史)
    • [22]資本金は創立当時50万円、東証二部上場前年に3,500万円(社史)

1964年4月、昭島製作所開発館を[24]完成させR&D機能を拡張、同年11月にはフランスにJEOLCO(FRANCE)S.A.(2005年4月『JEOL(EUROPE)SAS』[引用元]に変更)を設立し[25]、欧州事業の起点を築いた。1966年6月に本店を三鷹市から昭島市へ移転[26]、同年3月には資本金11億3,400万円となって1966[27]年8月には東証一部に上場し、大企業の地位を得た[28]。1955年から1965年の10年間で従業員は136名から1,592名へと10倍以上に拡大している[29]。製品面でも1961年にスーパースコープ、1966年に100万ボルト超高圧電子顕微鏡を完成させ[30]、小型から大型まで各種の電子顕微鏡を取り揃えた。1968年7月に英国・10月に豪州[31]、1971年4月に英文社名を『JEOL Ltd.』に統一[32]、1972年4月には医用機器分野へ進出(生化学自動分析装置完成)と[33]、創業から23年で電子顕微鏡・理科学計測機器・産業機器・医用機器の4軸を持つメーカーへ転じた[34]

  • 日本電子 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [24]1964年4月 昭島製作所開発館完成
    • [25]1964年11月 フランスにJEOLCO(FRANCE)S.A.を設立(2005年4月「JEOL(EUROPE)SAS」に変更)
    • [26]1966年6月 本店を三鷹市より昭島市へ移転
    • [28]1966年8月 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [31]1968年7月 英国に「JEOLCO(U.K.)LTD.」設立
    • [32]1968年10月 豪州に「JEOL(AUSTRALASIA)PTY.LTD.」設立
    • [33]1972年4月 医用機器分野へ進出(生化学自動分析装置完成)
    • [34]1971年4月 英文社名をJEOL Ltd.に変更
  • 日本電子 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [27]東証一部上場時(1966年3月)に資本金11億3,400万円(社史)
    • [29]従業員数は1955年136名から1965年1,592名へ10倍以上に増加(社史)
    • [30]1961年にスーパースコープ、1966年に100万ボルト超高圧電子顕微鏡を完成(社史)
  • 日本電子 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [18]1960年9月 さくら精機株式会社を東京都昭島市に設立(1989年12月「日本電子テクニクス株式会社」に変更、2021年4月当社に吸収合併)
    • [19]1961年5月 「日本電子株式会社」に商号変更
    • [21]1962年4月 東京証券取引所市場第二部に上場
    • [23]1962年12月 米国にJEOLCO(U.S.A.)INC.を設立(1993年4月「JEOL USA,INC.」に変更)
    • [24]1964年4月 昭島製作所開発館完成
    • [25]1964年11月 フランスにJEOLCO(FRANCE)S.A.を設立(2005年4月「JEOL(EUROPE)SAS」に変更)
    • [26]1966年6月 本店を三鷹市より昭島市へ移転
    • [28]1966年8月 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [31]1968年7月 英国に「JEOLCO(U.K.)LTD.」設立
    • [32]1968年10月 豪州に「JEOL(AUSTRALASIA)PTY.LTD.」設立
    • [33]1972年4月 医用機器分野へ進出(生化学自動分析装置完成)
    • [34]1971年4月 英文社名をJEOL Ltd.に変更
  • 日本電子 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [20]東証二部上場時に資本金を2億1,000万円へ増資(創立時50万円、上場前年3,500万円から倍額増資を経て)(社史)
    • [22]資本金は創立当時50万円、東証二部上場前年に3,500万円(社史)
    • [27]東証一部上場時(1966年3月)に資本金11億3,400万円(社史)
    • [29]従業員数は1955年136名から1965年1,592名へ10倍以上に増加(社史)
    • [30]1961年にスーパースコープ、1966年に100万ボルト超高圧電子顕微鏡を完成(社史)

API for AI Agents — 認証不要、URLをGETするだけで機械可読なJSONをトークン消費を抑えつつ取得できます。

日本電子の沿革1949〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1949〜1971年電子顕微鏡国産化を起点とする理科学計測機器メーカーの誕生日本電子光学研究所を三鷹市に設立、電子顕微鏡の製造販売を開始★★
産業機器分野に参入★★
高周波焼入装置が完成
分析機器分野に参入★★
磁気共鳴装置が完成
さくら精機(後の日本電子テクニクス)を設立
「日本電子」に商号変更
東京証券取引所二部に上場
JEOLCO(U.S.A.)を設立
JEOLCO(FRANCE)を設立
英文社名をJEOL Ltd.に変更
1972〜2008年産業機器・医用機器・分析機器の多軸化と欧州販売網の拡張医用機器分野に参入★★
生化学自動分析装置が完成
スウェーデン子会社を設立
日本電子の経営機構改革と三事業部制への移行

1973年、電子顕微鏡の専業として急成長した日本電子が、創業者・風戸健二社長の主導で常務会の廃止と合議制の導入、三事業部制への再編、65歳社長定年制などの経営機構改革に踏み切った経営判断。

詳細を読む
★★★
子会社を設立
子会社を設立
子会社(JEOL ASIA)を設立
子会社を設立
子会社を設立
山形クリエイティブを設立
2009〜2024年半導体先端計測装置への集中投資と「VISION 2030」栗原権右衛門日本電子データム・アクティブを吸収合併
栗原権右衛門JEOL RESONANCE を分社新設★★
大井泉JEOL KOREAを100%子会社化
大井泉Integrated Dynamic Electron Solutionsを全株式取得
大井泉武蔵村山製作所を開所
大井泉ジャパンスーパーコンダクタテクノロジーを買収★★
大井泉JEOL HOLDING EUROPEを設立
出典・参考
  • 日本電子 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
  • 日本電子 日本電子三十五年史(日本電子, 1986)
  • 日本電子 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)

免責事項およびポリシー