鉄道車両用空調の架空検査発覚と、杉山武史社長の引責辞任・漆間啓体制での品質風土改革
35年続いた検査不正をどう畳むか——「品質への誠実さ」を欠いた総合電機大手は、トップ交代と組織改革で立て直せるか
更新:
- 概要
- 2021年6月、長崎製作所が製造する鉄道車両向け空調装置で、35年以上にわたる架空検査が発覚した。杉山武史社長は7月に引責辞任し、事務系出身の専務・漆間啓氏が執行役社長へ昇格する。漆間氏は不正の原因を「組織として品質に対する誠実さがなかった」ことに置き、品質改革推進本部の新設とビジネスエリア体制への移行で、縦割りの風土そのものの立て直しに着手した経営判断。
- 背景
- 長崎製作所では、顧客が指定した条件と異なる方法での検査や、検査を実施しないまま架空の成績書を作成する行為が1980年代から続いていた。過去に実施した「全社再点検」でもこの不正は確認できておらず、1921年以来の製作所単位の縦割り運営のなかで長期間見過ごされてきた構造的な問題があった。
- 内容
- 2021年7月に杉山社長が辞任し漆間専務が社長・CEOに昇格。同年10月に社長直轄の品質改革推進本部を新設し、全製作所に品質保証監理部を置いた。2022年4月には縦割りの事業本部制を4つのビジネスエリア(BA)を軸とする横断的な経営体制へ移し、品質と企業風土の改革を組織構造の面から後押しした。
- 含意
- 総合電機大手の収益基盤を揺るがす品質問題で、外部調査委員会の最終報告では品質不適切行為が合計197件に上り、前会長も課長時代の関与が認定された。漆間社長は「上から変わることが重要だ」と述べ、事業の選択と集中に加えて、社内ガバナンスと風土の立て直しを経営の前面に据えた。
「品質への誠実さ」という問い
この決断が突きつけたのは、制度をいくら整えても、それを動かす意識が伴わなければ品質は守れない、という問いであった。三菱電機はかつて「全社再点検」を実施していたにもかかわらず、長崎製作所の不正を見つけられなかった。漆間社長が原因を手続きではなく「品質に対する誠実さ」の欠如に求めたのは、仕組みの不備というより、不都合を明らかにしない組織の心理にこそ根があると見たためだとみることができる。トップの交代と本部の新設は、その心理に外から手を入れる試みであった。
もっとも、風土という捉えどころのないものを、組織図の変更でどこまで変えられるかは、なお見通しにくい。縦割りの製作所運営は1921年から100年続いた三菱電機の骨格であり、それをBA体制へ組み替える改革は、品質問題への対応であると同時に、事業の選択と集中とも重なっていた。危機を機に始まった風土改革が、掛け声にとどまるのか、それとも収益や事業の組み替えと噛み合って定着するのか——その答えは、過去最高益を更新した後の三菱電機が、次の不都合にどう向き合うかにかかっているとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
長崎製作所で35年続いた架空検査
2021年6月、三菱電機は、長崎製作所が製造する鉄道車両向けの空調装置で、不適切な検査を長年続けていたと公表した。顧客が指定した方法とは異なる条件で検査したり、検査を実施していないのに架空の数字で成績書を作成したりしていた行為である。会社は当初、この不正が1980年代から30年以上続いていた疑いがあると説明し、後の会見では35年以上に及ぶと確認した。品質を看板としてきた総合電機大手の足元で、長期の偽装が明るみに出た[1]。
問題を深くしたのは、この不正が社内の点検網をすり抜けていた点であった。三菱電機は過去に品質の「全社再点検」を実施していたが、そこでも長崎製作所の架空検査は確認できていなかった。子会社からの指摘が発覚の端緒となり、自浄の仕組みが働かなかったことが露呈する。一つの製作所の逸脱にとどまらず、全社の品質保証体制そのものへの疑いへと広がっていった[2]。
縦割りの製作所運営という土壌
架空検査が長く見過ごされた背景には、三菱電機の組織のかたちがあった。同社は1921年の創立以来、製作所単位で事業を運営する縦割りの構造を保ってきた。それぞれの製作所が強い自律性を持つ運営は、現場の力を引き出す一方で、外部の目が届きにくい閉じた領域を生みやすい。長崎製作所という一拠点で、長期にわたる逸脱が本社の管理をすり抜けて続いた事実が、その弱点を示していた[3]。
問題の広がりは、一つの製作所にとどまらなかった。会社が設けた外部の調査委員会は、国内の製造22拠点を対象に調査を進め、後に品質不適切行為が合計197件に上ると報告する。鉄道車両向け空調装置の架空検査は、その端緒にすぎなかった。総合電機大手の収益基盤を支えてきた「品質の三菱」という自負が、根底から問い直される事態となった[4]。
決断
杉山社長の引責辞任と漆間啓の緊急登板
2021年7月2日、杉山武史社長は記者会見で、品質不正の責任をとって社長の職を辞すると表明した。後任には、同月28日、専務執行役の漆間啓氏が代表執行役 執行役社長・CEOとして昇格する。漆間氏は1982年に入社した事務系の出身で、FAシステム事業や欧州部門、経営企画を歩んできた。技術系が長く率いてきた製造現場の不正に、事務系のトップが向き合う異例の交代であった[5]。
漆間社長は、不正の原因を制度や手続きより先に、組織のありように求めた。「組織として、品質に対する誠実さがなかったのが原因だ」と述べ、誠実さが足りなかったために不正を明らかにするハードルを越えられなかったと振り返る。そのうえで「上から変わることが重要だ」として、現場ではなく経営の上層から改めることを、立て直しの第一歩に置いた[6][7]。
品質改革推進本部の新設とBA体制への移行
組織の立て直しは、二段構えで進んだ。まず2021年10月、社長直轄の品質改革推進本部を新設した。品質保証を担う部署を全製作所に置き、出荷の権限などを与えて、現場任せになっていた品質判断に本社の目を通す仕組みを整えた。長く各製作所に委ねられてきた品質保証の責任を、全社の管理下へ引き戻す試みであった[8]。
次いで2022年4月、三菱電機は縦割りの事業本部制を、インフラ・インダストリー/モビリティ・ライフ・ビジネスプラットフォームの4つのビジネスエリア(BA)を軸とする横断的な経営体制へ移した。製作所ごとに閉じてきた運営を、事業横断のまとまりで束ね直す組織改編である。品質不正を招いた縦割りの土壌そのものを組み替えることで、風土改革を構造の面から後押ししようとした[9]。
結果
役員処分と最終報告
経営責任の明確化も進んだ。2021年12月、三菱電機は新旧の役員12人を処分すると発表する。就任したばかりの漆間社長も月額報酬の一部を減額し、杉山前社長と柵山正樹前会長には報酬相当額の返納を求めた。危機のなかで昇格したトップ自身も責任の対象に含める形で、社内外へ区切りを示そうとした[10]。
2022年10月、外部の調査委員会は最終報告を提出し、一連の調査に区切りをつけた。国内の製造22拠点の調査を終え、確認された品質不適切行為は合計197件に上った。長崎製作所の一件で退いた杉山前社長にとどまらず、柵山前会長についても課長時代の関与が認定される。問題は特定の個人や一拠点の逸脱ではなく、長い年月をかけて社内に根を張った慣行であったことが、公式の調査で裏づけられた[11]。
- 日本経済新聞(2021年6月29日)「三菱電機、鉄道車両空調で『不適切』検査 30年以上か」
- MONOist(2021年7月1日)「三菱電機の鉄道車両用空調装置で不適切検査が発覚、『全社再点検』をすり抜け」
- オートメーション新聞(2021年7月28日)「三菱電機、執行役体制を一新。新社長に漆間氏」
- 日経ビジネス(2022年3月10日)「不正問題の三菱電機、漆間社長が独白『品質への誠実さなかった』」
- 日本経済新聞(2021年12月23日)「三菱電機、品質不正で漆間社長ら処分 新旧役員12人」
- MONOist(2022年10月21日)「三菱電機が品質不正の調査を終了、総数197件に上り柵山前会長も課長時代に関与」
- 三菱電機「品質不適切行為に関する調査状況」(公式)
- 三菱電機 有価証券報告書 第154期(2025年3月期)【沿革】