決断
半導体では量産の設備を先に建て、赤字の局面でも撤退しなかった。1959年に半導体の量産だけを担う北伊丹工場を新設し、1970年代前半に米国勢の攻勢で国産各社が赤字に転落した時期も撤退せず、1972年4月に半導体事業部を設置した。一方で電化ブームが終わって作れば売れる体質が通用しなくなり、1977年に市場別の4事業本部を設置した。1992年には半導体出身の北岡隆氏が社長に就任して万年3位からの脱却を掲げた。しかし1994年から3年で連結3000億円近くを投じたDRAMは、市況の急落で2年連続の営業赤字を招いた。
2024年 鴻海からの出資受け入れ検討
自動車機器事業の売上高と営業利益率2023 2024 2025 売上高(億円) 8,164 9,441 9,192 営業利益率(%) -5.7 3.3 3.9 2021年7月 長崎製作所の不正と社長辞任
売上高と営業利益率2021 2022 2026 売上高(億円) 41,914 44,768 58,947 営業利益率(%) 5.5 5.6 7.3 1998年2月 汎用DRAM事業から撤退
汎用DRAM事業から撤退DRAM市況の崩落と赤字を機に、コスト競争の汎用メモリから撤退してシステムLSIへ特化し、後のパワー半導体特化につなげた「選択の時代」への転換同じ経営論点に直面した企業 | 事業売却・撤退業績の推移1997 1998 2003 売上高(兆円) 3.7 3.8 3.6 経常利益率(%) 1.8 -1.4 − 1994年3月 構造改革と社長の引責辞任
構造改革と社長の引責辞任「万年3位」で変化に縁遠い総合電機の体質を、メガコンペティションと技術の急変を前に選択と集中で変えようとした構造改革。半導体投資の誤算で挫折し社長辞任に至った同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1993 1994 1999 売上高(兆円) 3.3 3.1 3.8 経常利益率(%) 2.4 2.3 -3.0 1977年6月 営業本部・4事業本部制移行
業績の推移1976 1977 1982 売上高(兆円) 0.6 0.7 1.3 経常利益率(%) 1.0 2.1 3.6 1959年8月 北伊丹工場の新設
北伊丹工場の新設電子部品を外部調達に頼らず内製するため量産専用工場を建設し、米国勢の攻勢で赤字に転落した後も撤退せず、1980年代には反対を押し切って西条・高知へ設備を積み増した同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1958 1959 1964 売上高(億円) 497 583 1,589 純利益率(%) − 4.1 4.0 1951年4月 ウエスチングハウスと再提携