三菱電機の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

半導体では量産の設備を先に建て、赤字の局面でも撤退しなかった。1959年に半導体の量産だけを担う北伊丹工場を新設し、1970年代前半に米国勢の攻勢で国産各社が赤字に転落した時期も撤退せず、1972年4月に半導体事業部を設置した。一方で電化ブームが終わって作れば売れる体質が通用しなくなり、1977年に市場別の4事業本部を設置した。1992年には半導体出身の北岡隆氏が社長に就任して万年3位からの脱却を掲げた。しかし1994年から3年で連結3000億円近くを投じたDRAMは、市況の急落で2年連続の営業赤字を招いた。

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