片山仁八郎

三菱電機・元取締役社長

Katayama Nihachiro(敬称略)

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社長就任 1980年6月
生年月日 —
学歴 九州帝国大学工学部電気工学科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1940年に九州帝国大学工学部を出て三菱電機へ入社し、長崎製作所の設計課でモーターの設計を担当した。1941年に海軍技術研究所から受注した2万5000馬力の風洞実験設備では、モーター部分を受け持っている。1969年8月に長崎製作所長、1972年3月に神戸製作所長へ移り、1974年1月に取締役、1977年6月に常務、1979年6月に副社長へ進んだ。役員から社長までは5年7カ月であった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1980年6月、進藤貞和氏の後を受けて社長に就任した。進藤氏は在任中に社長定年を70歳とする内規を作っており、その年齢に達したことと、1980年3月期に売上高1兆円を超えたことを交代の理由に挙げている。直前の1980年3月期は単体売上高1兆754億円・経常利益487億円で、経常利益61億円まで減少した1976年3月期から約8倍へ戻していた。

在任中の主な施策
施策

1981年に北伊丹製作所福岡半導体工場を新設した。1983年10月には4事業本部を機電・商品・電子システム・電子計算機・電子デバイス・海外の6事業本部へ組み替えている。半導体では1983年に米国へ工場を設立して日米摩擦の緩和を図り、1984年に愛媛県の西条工場を一部完成させた。1984年4月には日本電信電話公社が6年越しで製品を正式採用し、これを機に公社の光通信や画像通信の共同開発にも加わった。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1980〜1985年
在任中の業績
就任前(FY79)10,754億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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