- 創業
- 1921年1月15日、三菱造船神戸造船所の電機部門を継承して設立された。創業者は個人ではなく親会社であり、設立から20年間は社長を置かず、初代トップは会長の武田秀雄氏が10年務めている。社長職が生まれるのは1941年で、岩崎家から社長が出たことは一度もない。
- 登用
- 直近20年の社長5人はいずれも新卒で入った生え抜きで、外部から招いた例はない。入社から就任までは35年から39年かかっている。京都大学や東京大学の工学部を出た技術系が続いたが、2021年に就いた漆間啓氏だけは早稲田大学商学部の事務系であり、品質不正の発覚を受けた緊急の登板であった。
- 任期
- 10年前後の長期政権は高杉晋一氏と進藤貞和氏の2人で、いずれも1980年より前に退いている。1998年からは4年で交代する型が定着した。直近3代は柵山正樹氏が4年、杉山武史氏が3年3か月で引責辞任し、漆間啓氏は2021年7月から5年を超えた。不正の後始末が任期を延ばしているとみられる。
- 含意
- 2003年から指名委員会等設置会社で、社長の選解任議案は社外が過半を占め社長本人も入る指名委員会が決める。その形の下で35年続いた検査不正は止まらず、外部委員会から取締役会と指名委員会の機能が弱いと指摘された。2021年10月に会長職は消え、議長は社外取締役へ移ったが、社長を選ぶ席に社長がいる構図は残っている。
1946〜1955年・10年/外部出身
1956〜1963年・8年/生え抜き
1964〜1969年・6年/生え抜き
1970〜1978年・9年/生え抜き
1979〜1983年・5年/生え抜き
1984〜1990年・7年/生え抜き
1991〜1996年・6年/生え抜き
1997〜2000年・4年/生え抜き
2001〜2004年・4年/生え抜き
2005〜2008年・4年/生え抜き
2009〜2012年・4年/生え抜き
2013〜2016年・4年/生え抜き
2017〜2020年・4年/生え抜き
漆間啓現任
2021年〜現在・6年/生え抜き
漆間啓
うるま けい
生え抜き(1982年入社)。FAシステム事業を出発点に欧州法人社長・経営企画室長を経て社長へ
杉山武史
すぎやま たけし
生え抜き(1979年入社)。タイ現地法人社長・モバイルターミナル製作所長を経て社長へ
柵山正樹
さくやま まさき
生え抜き(1977年入社)。電力システム製作所長を経て社長へ
山西健一郎
やまにし けんいちろう
生え抜き(1975年入社)。生産システム・半導体デバイス事業を担当し社長へ
下村節宏
しもむら せつひろ
生え抜き(1969年入社)。自動車機器事業・ビルシステム事業を担当し社長へ
野間口有
のまぐち たもつ
生え抜き(1965年入社)。材料デバイス研究所長・中央研究所長を経て社長へ
谷口一郎
たにぐち いちろう
生え抜き(1959年入社)。中央研究所でレーザー光を研究し、鎌倉製作所長・電子システム事業本部長を経て社長へ
北岡隆
きたおか たかし
生え抜き(1955年入社)。稲沢製作所長・北伊丹製作所長を経て社長へ
志岐守哉
しき もりや
生え抜き(1947年入社)。長崎製作所を経た重電畑
片山仁八郎
かたやま にはちろう
生え抜き(1940年入社)。長崎製作所を経た重電畑
進藤貞和
しんどう さだかず
生え抜き(1934年入社)。長崎製作所を出発点とする重電畑
大久保謙
おおくぼ けん
生え抜き(1924年入社)。姫路工場長・営業部長を経て社長へ
関義長
せき よしなが
生え抜き(1915年入社)。常務取締役・副社長を経て社長へ
高杉晋一
たかすぎ しんいち
外部出身(1917年三菱合資銀行部入社)。三菱本社系の管理畑から三菱電機社長へ