沖電気工業の歴代社長

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1949年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2026年

神戸捨二1949退任

取締役社長

森章1966退任

山本正明1972退任

1959年入社

三宅正男1978退任

1977年入社

橋本南海男1982退任

小杉信光1988退任

1974年取締役

神宮司順1992退任

1978年入社

沢村紫光1995退任

1953年入社1979年取締役

篠塚勝正1998退任

1963年入社1990年取締役取締役社長

川崎秀一2009退任

1970年入社2001年執行役員2005年取締役

鎌上信也2016退任

1981年入社2011年執行役員2014年取締役

森孝廣2022現任

1988年入社2020年執行役員
創業社長の関係
創業

1881年1月、沖牙太郎氏が東京・京橋に明工舎を興し、1906年に没するまで25年トップを務めた。妻の沖タケ氏が1907年に合資会社沖商会の代表社員を継いだが、1912年に出資者の浅野総一郎氏が沖電気株式会社を設立して会長に就く。会社が数える歴代社長は浅野総一郎氏が初代で、沖家からは1人も出ていない。

社長登用の傾向
登用

1995年に就いた沢村紫光氏から5代続けて、新卒入社の生え抜きが社長を務めている。戦後は安田銀行と日本電信電話公社から4人のトップを迎えており、最後の外部出身は1992年就任の神宮司順氏である。畑は情報処理・金融営業・自動機開発と一定せず、森孝廣氏は子会社の沖データ社長から取締役を経ずに本体の社長へ移った。

社長任期の傾向
任期

安田銀行出身の神戸捨二氏は旧債処理と上場を託されて1949年から16年余トップに座り、最後の長期政権となった。以後は6〜7年での交代が定着したように見える。2012年公表のスペイン販売子会社の不正会計でも社長は代わらず、川崎秀一氏は約7年、鎌上信也氏は6年務めて会長へ退き、森孝廣氏は2022年4月から5年目に入る。

いまの体制への含意
含意

後継は現任社長と人事・報酬諮問委員会が協働で基準と育成計画を作り、取締役会が決める。委員4名と委員長、取締役会議長はいずれも社外だが、委員会の役割は答申までで解任を決める機関ではない。機関設計は監査役会設置会社のままで、取締役8名のうち社外は半数の4名にとどまる。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
神戸捨二(1949年就任)1949〜1966年1949年就任16年退任外部出身取締役社長決断1949年第二会社として設立
森章(1966年就任)1966〜1972年1966年就任7年退任生え抜き取締役社長
山本正明(1972年就任)1972〜1978年1972年就任5年退任外部出身取締役社長
三宅正男(1978年就任)1978〜1982年1978年就任4年退任外部出身取締役社長
橋本南海男(1982年就任)1982〜1988年1982年就任6年退任生え抜き取締役社長
小杉信光(1988年就任)1988〜1992年1988年就任4年退任生え抜き取締役社長
神宮司順(1992年就任)1992〜1995年1992年就任3年退任外部出身取締役社長
沢村紫光(1995年就任)1995〜1998年1995年就任3年退任生え抜き取締役社長
篠塚勝正(1998年就任)1998〜2009年1998年就任11年退任生え抜き取締役社長決断1998年DRAM事業から撤退
川崎秀一(2009年就任)2009〜2016年2009年就任7年退任生え抜き取締役社長執行役員決断2012年本庄工場をEMSに転換2012年スペイン子会社の不適切会計と決算訂正
鎌上信也(2016年就任)2016〜2022年2016年就任6年退任生え抜き代表取締役社長執行役員
森孝廣(2022年就任)2022年〜現任2022年就任5年現任生え抜き社長執行役員1988年4月に沖電気工業へ入社した。2006年11月に沖データの国内営業本部パートナー統括営業部長となり、マーケティング部長、国内営業本部副本部長、オフィスプリント事業部長と営業畑を歩んだ。2017年10月に沖データ取締役、2019年4月に常務執行役員兼商品事業本部長、2020年4月に同社代表取締役社長へ進んだ。本体では2020年4月に執行役員、2021年4月にコンポーネント&プラットフォーム事業本部ビジネスコラボレーション推進本部長を務めた。決断2026年日立チャネルソリューションズの子会社化2026年セカンドキャリア支援制度の特別措置

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