平均年収・従業員数 — 人員と処遇の長期推移 有価証券報告書ベースの連結/単体の年次変化と業界他社の平均給与比較
沖電気工業の人員削減と構造改革 発表された削減計画と、有価証券報告書で確認できる実績
| 年月 | 施策 | 発表された計画 |
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| 経営再建計画「フェニックス21計画」 1992年度に連結329億円の最終赤字を計上して以来、「経営再建計画」「同パート2」と再建策が切れ目なく続いたが、1998年度には過去最大の430億円の赤字に転落した。1998年6月に社長へ就いた篠塚勝正氏は、DRAMを64メガで量産を止めて128メガ以降は量産しないと決め、半導体の設備投資額を1997年度の334億円から1999年度100億円へ圧縮する計画を10月に示している。削減の手段は取引先への出向や自然減に置かれ、役員報酬の10%カットや賞与抑制、残業ゼロ化の推進もあわせて積み上げた。当時のグループ有利子負債は4300億円に膨らみ、同年9月には長期債の格付けがAマイナスからトリプルBへ引き下げられている。 週刊東洋経済(1998年10月31日号) | 2001年3月期までに本体1万0500人のうち1500人、国内グループ会社1万3500人のうち1200人の計2700人を削減 | |
| 本庄工場の人員半減 本庄工場は1962年の開設以来、電電公社の時代から交換機や伝送装置をNTTへ納めてきた拠点で、2001年には敷地面積13万平方メートル・建屋面積5.2万平方メートルに達し、約700人が働いていた。そこへNTTが電電4社以外からも装置を調達すると伝えてきたうえ、最新交換機の新ノードは米シスコシステムズなど海外勢のルーターに通信効率で歯が立たなかった。生産量は3年後に半分以下へ落ち込み、誰が見ても閉鎖を宿命づけられたような工場になっている。 週刊東洋経済(2016年11月12日号) | 本庄工場の従業員を半分に絞る | |
| 第三次構造改革と通信カンパニーの分割 主要顧客であるNTTからの受注は、2000年ごろの1000億円弱から2002年には350億円へ3分の1に減る見通しとなっていた。篠塚勝正氏(社長)は2002年10月にNTT依存からの脱却を掲げ、不可分とされてきたシステムLSIの設計開発と生産を切り離して、台湾の受託生産大手UMCとの提携で設計部隊が他社の最新設備も使えるファブフリーの体制へ移した。あわせて通信カンパニーを分割し、人員の配分を既存の電話網からIP技術の側へ振り替えている。2002年9月末の連結欠損は359億円に達し、1998年度期初に2万5800人いた国内グループ人員はこの2002年度末に1万8500人へと3割減った。 週刊東洋経済(2002年12月21日号) | NTTの既存電話網向け900人を190人へ削減し、IP技術で通信ソリューションを提供する部門へ650人を配分 | |
| 半導体事業のロームへの譲渡 先端DRAMからの撤退で営業損益はいったん黒字へ戻ったが、旧世代DRAMの残存者利益はITバブルの崩壊で消えた。2008年10月1日、沖電気工業は半導体事業に関して有する権利義務を新設分割で(株)OKIセミコンダクタへ承継させ、その株式をローム(株)へ譲渡して半導体事業から撤退している。これに伴い関係会社は子会社20社・関連会社6社が減り、宮崎沖電気・宮城沖電気の両生産会社も連結を離れた。雇用が失われたのではなく連結の範囲が変わったもので、2009年3月期の連結売上高は半導体分の841億円が抜けたことなどから前期比24.2%の減収となった。 沖電気工業 有価証券報告書(2009年3月期・連結) | 半導体事業を新設分割で(株)OKIセミコンダクタへ承継し、発行済株式の95%相当をローム(株)へ譲渡 | |
| 川崎秀一社長のもとでの構造改革 2009年に社長へ就いた川崎秀一氏は、当時の経営を「土俵際の徳俵の上に何とか立っているようなものだった」と振り返っている。2006年度からの5年のうち3期が最終赤字となり、2011年3月期にも270億円の当期純損失を計上したが、社内には「大変だ、大変だと言っても何とかなってきたじゃないか」と構える空気があった。川崎氏は2010年度に増減資で毀損した自己資本を補強したうえで拠点を整理し、翌2011年10月には事業本部の下へ生産拠点を紐づけて収益責任を事業本部長へ一元化している。 週刊東洋経済(2014年1月24日号) | 生産拠点の再編成と早期退職者募集により国内正社員の1割を削減 | |
| プリンター事業のエトリアへの承継 1987年12月に欧州の販売統括会社OKI EUROPE LTD.を英国に設立し、同じ年に英国で生産も始めたプリンターは、1994年10月に株式会社沖データへ譲渡され、2021年4月に本体へ吸収合併されて戻っていた。2025年10月、沖電気工業はその開発・生産に関する事業をエトリア株式会社へ承継し、他社との連携による事業継続へ切り替えている。従業員は承継先へ移るため連結の範囲が変わるが、直近の確定期である2025年3月期にはまだ反映されていない。 沖電気工業 有価証券報告書【沿革】 | プリンターの開発・生産に関する事業をエトリア株式会社へ承継 |
沖電気工業と同業他社の平均年収比較 業界横比較・最新有報ベース
同業他社の平均年収(総合電機)
各社の有価証券報告書「従業員の状況」より最新掲載値を集計(FY10〜FY25 · 12社)。 カードをクリックするとその企業の業績ページへ移動します。
沖電気工業が人員の数字を掲げて削減を公表したのは1998年10月の経営再建計画「フェニックス21計画」で、2001年3月期までに本体と国内グループ会社で計2700人を減らす内容だった。以後の圧縮は、NTT向け交換機という主力市場が消えていく過程とそのまま重なる。2001年に本庄工場の従業員を半分に絞り、2002年10月の第三次構造改革では既存電話網向けに900人を充てていた部門を190人まで削り、2008年10月には半導体事業そのものを会社分割してロームへ渡した。2010年度に川崎秀一氏が着手した構造改革では早期退職者を募り、削減は国内正社員の1割に及んでいる。直近の区切りは2025年10月のプリンター事業のエトリアへの承継になる。
発表された削減計画と、有価証券報告書の連結従業員数が実際にどう動いたかを並べたが、実績は付していない。連結従業員数を遡れるのは2012年3月期までで、人員の数字を掲げた4件の計画はいずれもそれ以前に実施されている。2010年度の構造改革も、起点にあたる2010年3月期とその翌期の連結従業員数が遡れる範囲の外にある。2025年10月のプリンター事業の承継は、直近の確定期である2025年3月期にはまだ反映されていない。提出会社単体の従業員数も2021年4月の沖データの吸収合併を挟んで増えており、施策の規模とは対応しない。