神戸捨二

沖電気工業・元取締役社長

Kobe Suteji(敬称略)

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社長就任 1949年11月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部独法学科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1925年に安田銀行へ入り、帝国ピストンリングの専務を経て、1945年11月に常務として沖電気へ迎えられた。1947年8月に専務、旧会社の解散直前の1949年4月に社長へ就任する。通信機器業界は未経験だったが、前任の楊井勇三氏と同じ安田銀行の出身である。1946年8月時点で旧沖電気の発行済株式総数の31%を安田銀行と安田保善社が持っていた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1949年11月1日、企業再建整備法の法定整備計画により旧沖電気は解散し、業務の一切を引き継ぐ第二会社として資本金1億8000万円の沖電気工業が設立された。神戸氏はその半年前の1949年4月に旧会社の社長へ就任しており、解散と新会社の設立をそのまま担った。旧債は株主と一般債権者に負担を求め、清算が終わったのは3年後の1952年である。安田系の資本と債権をまとめる役が銀行出身者に振られたとみられる。

在任中の主な施策
施策

1950年に4号形電話機の量産を開始し、1951年11月に東京証券取引所へ上場した。1958年11月に高崎事業所を開設し、1961年7月に大阪証券取引所へ上場、1962年5月には本庄事業所を開設する。1961年にトランジスタ式電子計算機"OKITAC-5090システム"を発売して八王子に半導体工場を持ち、1963年には米スペリーランド社との合弁で沖ユニバックを設立した。単体売上高は1952年3月期の28億円から1966年3月期の314億円へ伸びた。 第二会社として設立

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1925〜1966年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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