沖電気工業閉鎖寸前だった本庄工場の受託生産への転換と、他社工場を買う側への転身
- 概要
- NTT向け交換機の生産で成り立っていた本庄工場を電子機器の受託生産(EMS)へ作り替え、2012年には田中貴金属工業の山形・鶴岡の配線板工場を買収して、閉鎖が取り沙汰された拠点が他社の工場を買う側へ回った経営判断。
- 背景
- NTTが電電4社以外からも装置を調達する方針へ転じ、主力の交換機は海外勢のルーターに置き換わっていった。2001年に本庄工場は従業員を半分に絞り、生産量は3年後に半分以下へ落ちた。会社全体でも2006年度から5年のうち3期が最終赤字であった。
- 内容
- 2002年にEMSへ参入し、少量多品種の高付加価値品に的を絞った。売上高が300億円を超えた段階で配線板の生産能力が上限に達し、2012年に50年来の取引先である田中貴金属工業の鶴岡工場を取得。2015年に横河電機の青梅工場、2016年に日本アビオニクスの事業も譲り受けた。
- 含意
- 鶴岡買収後のEMS事業は利益率5%前後で推移し、世界最大の受託生産会社である鴻海精密工業の3%台を上回った。2013年3月期の連結売上高は4558億円・営業利益135億円まで戻り、8期ぶりの復配に至った。
筆者の見解
閉じるか、作り替えるか
この判断の中心にあるのは、市場が消えた生産拠点を閉じる以外の道があるかという問いである。NTTの調達方針が変わり、主力製品が海外勢のルーターに置き換わった時点で、本庄工場を畳む判断には十分な合理性があった。実際に社内の多数はそちらを支持していた。それでも清水光一郎氏が持ち出したのは、設備や人員ではなく、交換機で積み上げた段取りという工程の技能であった。売る製品を失った工場に、他社の製品を作る仕事を持ち込めば技能は生き続ける——受託生産への転換は、資産ではなく能力の側から拠点の価値を測り直した試みだったとみることができる。
ただし、能力を残すだけでは事業の柱になりきらなかった。利益率5%という基準を満たすために配線板の工場を買い、その後も他社の工場を引き取って規模を積み上げている。買収がなければEMSは受託の下請けにとどまった可能性が高い。沖電気工業は1949年に会社を畳んで作り替え、1998年から10年かけて半導体を手放し、2010年代には工場を買い集めた。閉じるか、作り替えるか——同じ問いへの答えが判断ごとに違っている点に、この会社の事業構成が繰り返し組み替えられてきた理由がうかがえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
- 沖電気工業 有価証券報告書(2013年3月期・連結)
- 沖電気工業 有価証券報告書(2011年3月期・連結)
- 沖電気工業 有価証券報告書【沿革】