日立製作所の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

危機のたびに、抱える事業の構成そのものを入れ替えてきた。1950年の争議と人員整理を経て、火力で後れを取っていた日立は1952年から3年続けてRCA・GE・WEと提携し、創業以来の国産技術主義を撤回した。二度目の危機は2009年3月期の7,873億円の最終赤字である。子会社から本体へ戻った川村隆氏は増資で資本を立て直し、社内カンパニー制で不採算事業の売却に着手した。このとき総合電機の品揃えを守る前提を外したことで、事業の入れ替えが平時の経営判断になった。2019年の英国原発の凍結と火力からの撤退も、その延長にある。

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