「IP軸戦略」への転換

統合後の縦割りで赤字に沈んだ玩具・ゲーム連合は、なぜ一つのキャラクターを全事業で回す経営へ転じたのか

更新:

時期 2010年4月
意思決定者 石川祝男氏 バンダイナムコホールディングス 代表取締役社長
論点 統合効果の不発と業績不振からの立て直し
概要
2010年、バンダイナムコホールディングスは石川祝男社長のもとで「IP軸戦略」を掲げた。一つのキャラクター(IP)を玩具・ゲーム・映像・ライブへ横断展開する仕組みへ経営を組み替え、主要IPごとに担当役員を置いて全社で盛り上げる体制へ転換した経営判断。
背景
2005年のバンダイとナムコの経営統合は相乗効果を狙ったものだったが、統合後に組織の縦割りが進み、両社の縄張り意識が解消されなかった。事業間の連携も生まれず、2007年3月期から3期連続の減収減益に陥り、2010年3月期には赤字へ転落した。
内容
石川社長は主要IPごとに担当役員をつけ、四半期に一度「コンテンツビジネス戦略会議」を開いて各事業の展開時期をすり合わせる体制を敷いた。社内の否定論を押し切ってモバイルゲームにも参入し、2010年末に『ガンダムロワイヤル』を投入した。
含意
ドラゴンボールやガンダムがIP軸で復活し、2017年3月期には売上高6200億円・営業利益632億円の当時の過去最高を記録した。IP軸戦略はその後の海外展開とグループ拡大の土台となり、田口三昭社長・川口勝社長へと引き継がれた。
筆者の見解

筆者見解

IP軸戦略の要点は、新しい事業を足すことよりも、すでに持っていた玩具・ゲーム・映像を一つのキャラクターの下で編み直したところにあったといえる。統合が生んだ縦割りは、二つの会社を並べたことの副作用であった。石川社長が担当役員制と戦略会議で試みたのは、組織を再編するより先に、IPという共通言語で部門をつなぎ替えることであったとみられる。ドラゴンボールの復活は、その仕組みが具体的な数字に転じた象徴的な事例といえる。

一方で、成長の中心が定番の大型IPに依存する構図は、この戦略の裏面でもある。ガンダムやドラゴンボールという強力な資産があってこそ横断展開は回るが、次の柱となる新規IPを同じ密度で生み出せるかは別の課題として残る。田口社長・川口社長がそろって新規IPの創出を最重要に挙げ続けている事実は、IP軸戦略が到達点ではなく、絶えず苗木を植え替えねば維持できない仕組みであることを示しているとみることができる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

統合が生んだ縦割り

2005年のバンダイとナムコの経営統合は、キャラクター商品の開発に長けたバンダイと、ソフト開発力を強みとするナムコの相乗効果を狙ったものであった。ところが合併後に急速に進んだのが組織の縦割り化であった。両社の縄張り意識は統合後も解消されず、新しい事業分野についても互いが「これは相手の分野」ととらえ、どちらも手を出さないという事態が起きていた。当初想定した効果は発揮されないままであった[1]

事業間の連携も生まれなかった。各事業部がすり合わせを十分に行わずに商品を逐次投入したため、一つの事業でヒットが出てもそれが他の事業に生かされず、IPの盛り上がりは散発的なものにとどまっていた。稟議書を回すといった社内手続きの遂行に社員の意識が向くようにもなっていった。こうして業績は悪化し、2007年3月期から3期連続で減収減益となり、2010年3月期の営業利益は18億円まで落ち込んだ[2]

赤字への転落

有価証券報告書でみても、統合直後の勢いは急速に細っていた。2006年3月期に4508億円あった売上高は2010年3月期に3785億円まで縮み、同期は当期純利益で299億円の赤字を計上した。統合から5年を経てもバンダイとナムコの足し算は掛け算に転じず、二つの会社を束ねた持株会社は、統合の物語そのものを描き直す必要に迫られていた[3]

決断

IP軸戦略という設計図

厳しい状況のなか、2009年4月に社長へ就任したのが旧ナムコ出身の石川祝男氏であった。翌2010年、石川社長は「IP軸戦略」を掲げ、経営の組み立てそのものを変えた。主要なIPごとに担当役員をつけ、アニメや玩具、ゲームなどへの展開をグループ横断ですり合わせる。四半期に一度は各IPの責任者が集まる「コンテンツビジネス戦略会議」を開き、新シリーズや商品展開の時期を確認・調整する仕組みを敷いた[4]

石川社長は制度を敷くだけでなく、社内の主要人物にIP軸経営の意義を説いて回り、部門間の橋渡し役を担わせた。統合で分かれてしまった二つの会社を、キャラクターという共通の資産で束ね直す試みであった。「両社の創業時を調べると、IPを使って人を喜ばせたいという気持ちは共通していた。そこに立ち返ろうと思った」。石川社長は後にこう振り返っている[5]

モバイルゲームという賭け

戦略転換を象徴したのが、モバイルゲームへの参入であった。当時はソーシャルゲームの勃興期で、基本プレー無料の課金形態が広がり始めていた。収益の源泉であるIPが無料で遊べてしまうことに社内では否定的な意見が多かったが、「IPを使った新しいビジネスに挑戦しなければならない」という石川社長の意向で参入を決め、2010年末に『ガンダムロワイヤル』を投入した。翌2011年3月期には営業利益が163億円へ戻り、赤字を脱した[6][7]

目標はディズニー

IP軸経営が向かう先を、後を継いだ田口三昭社長は「目標はディズニー」と表現した。世界中で受け入れられる作品性の追求や、IPをフランチャイズ化して世界展開するノウハウで、米ディズニーは圧倒的に優れている。それに対しバンダイナムコの武器は日本のIPであり、ガンダムやドラゴンボールにはディズニー作品に匹敵する潜在力があるとみて、その魅力を世界へ発信する役割を掲げた。作品を最も魅力的に見せる演出こそ自社の使命という考え方であった[8]

結果

ドラゴンボールとガンダムの復活

IP軸戦略で最も大きく蘇ったのがドラゴンボールであった。連載終了から15年以上が経ち、2013年3月期の関連売上高は89億円まで減っていた。ここに映像作品の再制作を重ね、企画当初からゲームやカードの開発を連動させた結果、2017年3月期の関連売上高は600億円超へと復活した。ガンダム関連も同期に743億円へ伸び、キャラクター別開示を始めた2008年3月期の509億円から46%増となった[9]

全社の業績も過去最高へ届いた。2017年3月期の連結売上高は6200億円、営業利益は632億円と、統合以来の最高を記録した。反対論を押し切って始めたモバイルゲーム事業は、この時点で全社売上高の4分の1を担う中核へ育っていた。赤字に沈んだ2010年3月期から7年で、IP軸戦略は会社を別の水準へ引き上げたとみることができる[10]

海外へ広がるIP

IP軸戦略は海外展開の足がかりにもなった。かつては違法コピーや海賊版を警戒してアジア展開に慎重だったが、2011年から海外版のガンダム情報サイトを設け、13言語・244の国と地域でアニメの無料配信を始めた。視聴回数は累計6億5000万を超え、2015年にはシンガポール最大の商業地に高さ6メートル級の巨大ガンダムを展示するイベントを開き、物販売上高は2億円に達した。ガンプラの海外売上比率は3割を超えた[11]

引き継がれる軸

IP軸戦略は経営者が代わっても会社の背骨として残った。2021年に就任した川口勝社長は、アニメの映像だけで儲けるのではなく、玩具・ゲーム・映像をグループ全体で束ねて収益を刈り取る形を強みと位置づけ、ガンダムの海外無料配信もその一環と説明する。IPの制作現場と商品化する事業会社の連携は競合より緻密にできているとして、3カ年中期経営計画では新規IPの創出に250億円を充てる方針を示した[12]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2017年9月2日号「深層リポート バンダイナムコの磁力 膨張するキャラクター商圏」
  • 週刊東洋経済 2017年9月2日号「深層リポート バンダイナムコの磁力 INTERVIEW 社長 田口三昭 目標はディズニー」
  • 週刊東洋経済 2016年6月11日号「伸びる会社 沈む会社 Part1 新外需を取り込め」
  • 週刊東洋経済 2023年5月27日号「アニメ 熱狂のカラクリ part1 バンダイナムコホールディングス社長 川口勝インタビュー」
  • バンダイナムコホールディングス 有価証券報告書(2010年3月期・連結)
  • バンダイナムコホールディングス 有価証券報告書(2011年3月期・連結)
  • バンダイナムコホールディングス 有価証券報告書(2017年3月期・連結)

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