セガサミーホールディングスは2004年10月、株式会社セガとサミー株式会社が株式移転で設立した持株会社として誕生し[1]、同日付で東京証券取引所第一部に上場した。セガはアメリカ人2人が1951年に立ち上げたジュークボックス輸入会社『サービスゲームズ』を源流とし、1965年に日本娯楽物産とローゼン・エンタープライゼスの合併で『セガ・エンタープライゼス』となった経緯を持ち、家庭用ゲーム機『セガサターン』『ドリームキャスト』を擁する国内有数のゲームメーカーだった。一方のサミーは里見治氏が1975年に創業した『サミー工業株式会社』が起源で、1980年代以降パチスロ・パチンコ遊技機を主力としてシェアを伸ばし、2003年時点で日本の遊技機市場のトップグループに位置していた。
両社の異業種統合は、当時のアミューズメント業界における業種横断再編として注目された。セガはセガサターンとドリームキャストの相次ぐ商業的苦戦で家庭用ハードから撤退(2001年)した直後で、ソフトメーカーへの転身を進めながらアーケード・施設運営・玩具事業の多角化を試みていた。一方サミーは遊技機市場の成熟化を見据え、コンテンツ事業への進出を経営課題に据えていた。統合の実現までには紆余曲折があり、サミーは2003年2月にセガの合併・買収を一度試みて失敗した後、同年12[2]月にセガの筆頭株主だったCSKから株式22.4%を約453億円で買い取って足場を築き、2004年10月の株式移転による持株会社化に至った。
統合直後は、両社のキャッシュフロー特性の違いを活かすグループ経営の組み立てが課題だった。2004年3月期の連結業績は、サミーが売上高約2512億円・経常利益683億円(利益率27[3]%超)と稼ぐ力が際立つ一方、セガは売上高1912億円・経常利益126億円(利益率6%台)にとどまり、1998年発売の『ドリームキャスト』の不振で2001年に家庭用ハードから撤退して以降、2002年3月期まで5期連続の最終赤字を計上していた。遊技機事業はメーカー出荷時点で売上が立つフロービジネスで景気変動・規制改正に弱いが粗利率が高く、ゲーム事業は開発投資が先行してヒット作の出方で業績が振れる構造を持つ。統合後の最初の3年間は、サミーの遊技機事業が稼ぐ収益でセガのゲーム事業の開発投資を支える『両輪体制』が成立し、2004年9月の東京ゲームショウでは前年の約2倍の規模でセガ[4]とサミーが合同出展するなど、統合効果を対外的にアピールする動きも見られた。一方で両社の事業文化(家電・玩具系のセガと、遊技機・パチンコホール系のサミー)の融和には時間を要した。
統合後の里見治氏は、セガとサミーの本体事業の上にコンテンツ事業を載せる多角化路線をとった。2005年10月、アニメーション映画の企画・制作・販売[5]を手掛けるトムス・エンタテインメントを連結子会社化したのが起点である。2007年にパチスロ・パチンコ遊技機開発のタイヨーエレックを取得し、2011年に完全子会社化[6]することで遊技機事業の開発リソースを拡充した。同社が手掛ける『北斗の拳』『忍魂』などのコンテンツが、サミー本体のフランチャイズと並ぶブランドとして整備された。
2010年12月にはサミーネットワークス・セガトイズ・トムス・エンタテインメントを株式交換で持株会社直下に並列化する組織再編を実施し[7]、グループ内のコンテンツ会社を機能別に整理した。これによりホールディングスが各事業セグメントを直接統括する体制が整い、事業再編・売却の自由度が高まった。2012年から2013年にかけては、フェニックスリゾート(宮崎・シーガイア)取得(2012年3[8]月)・川越工場新設(2012年5月[9])・サミーロジスティクスセンター新設(2012年6月)[10]・韓国カジノIR合弁会社PARADISE[11] SEGASAMMY設立(2012年7月)と、リゾート・物流・海外IRの3領域に同時並行で投資を拡大した。
リゾート事業への踏み込みはとくに重い意思決定だった。フェニックスリゾートは宮崎県シーガイアの運営事業で[12]、バブル期の負の遺産的施設として再建途上にあったが、セガサミーは観光・IR事業の国内ノウハウ蓄積の起点として取得を決断した。一方、韓国仁川広域市で計画されていたパラダイスシティは、地元のパラダイス社(Paradise Co., Ltd.)が55%、セガサミーが45%を出資する合弁[13]で、統合型リゾート(カジノ+ホテル+アミューズメント+商業)を新規開発するプロジェクトであった。出資比率のとおり主導権は韓国側にあり、セガサミーは少数株主の立場での参画であった。両者は規模も性格も異なるリゾート事業で、後年の事業ポートフォリオ再構築の主要な変数となる。
2013年にはセガサミークリエイションを設立しカジノ機器の開発製造販売へ参入[14]、同年11月にはセガがインデックスの事業を譲受[15]してアトラスブランド(『ペルソナ』シリーズ等のRPGコンテンツ)をグループに取り込んだ。インデックスの事業譲受は、家庭用ゲームソフトのコンテンツ強化と海外展開の足掛かりとして意味を持った。アトラス取得後、『ペルソナ5』がグローバルで成功を収め、セガサミーのコンソール事業を立て直すきっかけとなる。
しかし2010年代前半は、各方面に張った投資が一斉に収益化に時間を要する局面でもあった。パラダイスシティは2014年11月に建設着工したものの開業は2017[16]年4月まで3年弱を要し、その間リゾート関連への投資は回収の入らない状態が続いた。シーガイアは取得後も恒常的な赤字を出し続け、規模相応のリゾート運営ノウハウ蓄積を要した。遊技機事業は規制強化と市場成熟を背景に市場規模が縮小を続け、2014年には業界全体で前年比2桁減の販売台数となった。コンシューマ事業(家庭用ゲーム)も、モバイル・ソーシャルゲームへの市場シフトに乗り遅れた構造的逆風で苦戦が続いた。
里見治氏は2015年4月、グループCEO・COO[17]を社長兼務に切り替え、危機感を持って事業ポートフォリオの再点検に着手する。同氏は1942年群馬県生まれで、サミー工業を1975年に立ち上げてから40年、遊技機・ゲーム・リゾートの三本柱を抱えるエンタテインメント企業群を率いてきた当事者として、複合事業会社の構造的な歪み(多角化の代償・経営資源分散・収益偏重の遊技機依存)を最も鋭敏に察知できる立場にあった。2017年4月、長男の里見治紀氏に代表取締役社長を承継し[18]、自身は代表取締役会長へ退いた。創業家2代目への経営承継が、構造改革の本格的な引き金を引いた。
2015年4月、セガサミーは『セガを機能別3社に分割』[引用元]という再編を実施した。新設分割によりセガホールディングス・セガ・インタラクティブ・セガ・ライブクリエイションを設立し、既存のセガがセガネットワークスを吸収合併して『セガゲームス』に商号変更した。[19]これによりセガ事業は家庭用ゲーム(セガゲームス)・アーケード(セガ・インタラクティブ)・施設運営(セガ・ライブクリエイション)の3機能に分離され、それぞれの収益構造に応じた経営判断が可能になった。家庭用は開発・マーケティングの投資判断、アーケードはハード製造と店舗向け営業、施設運営は不動産・店舗オペレーションと、性格の異なる事業を一つの会社で抱える非効率を是正する再編だった。
この再編の結果、2017年1月にはセガ・ライブクリエイションを株式の一部売却で連結子会社から除外し、CAセガジョイポリス[20]株式会社として持分法適用関連会社化した。施設運営事業を本体から切り離す最初の動きであり、グループ全体としてアミューズメント施設運営からの撤退が始まった。アミューズメント施設は店舗の不動産コストと人件費が固定費として重く、コンシューマ・モバイル系コンテンツ事業に比べて利益率が低く、集客の景気感応度が高い。長期的に資本効率を改善するには、自社運営から離れてフランチャイズ・コンテンツ供給側に回る方が合理的との判断が、セガサミー首脳陣の中で固まった。
2017年4月、創業者・里見治氏から長男の里見治紀氏に代表取締役社長を承継。同時にパラダイスシティが韓国仁川で開業し、リゾート事業が商業稼働段階に入った。[21]里見治紀氏は明治学院大学国際学部卒業後カリフォルニア大学バークレー校でMBAを取得し、2004年にサミー入社[22]、2015年からサミー代表取締役社長COOを務めた経歴で、家督相続というよりも事業承継準備を踏んだ二代目体制だった。同年12月にはセガサミークリエイションの子会社Sega Sammy Creation USA INCが米国ネバダ州でゲーミング機器製造販売ライセンスを取得し[23]、北米カジノ機器市場参入の前提を整えた。
2018年8月、セガサミーは本社並[24]びに首都圏所在の一部グループ事業会社の本社を東京都品川区西品川(住友不動産大崎ガーデンタワー)に移転した。複数のグループ会社が同一ビルに集約され、人事・財務・IT等の管理部門の効率化と事業会社間のコラボレーション促進を狙った再編で、グループ経営の物理的な統合度を高める意思決定だった。同社の人員数は連結ベースで約8,000〜9,000人規模で推移しており、首都圏分散していたオフィス体制の集約効果は人件費・賃料両面に表れる構造改革の一環だった。
2019年4月、中期経営計画2020『Road to 2020』を始動した。営業利益500億円・ROE10%という具体的KPIを掲げ、パラダイスシティ開業効果・コンシューマ事業のグローバル化・遊技機事業の安定収益化を3本柱とする計画だった。同時にジョイポリス売却(2017年1月)・セガサミー[25]幕張ビル売却検討等、コンシューマ事業以外の不動産・施設関連資産の流動化を行った。
しかし2020年初頭に新型コロナウイルス感染症の世界的流行が始まると、リゾート事業(パラダイスシティ・シーガイア)・アミューズメント施設事業(セガ・エンタテインメント)が壊滅的な打撃を受け、『Road to 2020』のKPI達成は不可能となった。同年4月、代表取締役社長グループCOOの里見治紀氏[26]は中計の事実上の凍結と緊急構造改革に着手し、大規模な人員体制の見直しにも踏み込んだ。[27]
GENDA売却に続き、2021年3月には欧州子会社Sega[28] Amusements International(コインオペレーター向けゲーム機器・電子玩具の販売事業)を売却し連結子会社から除外、欧州アミューズメント事業からも撤退した。これにより、セガサミーは1965年のローゼン・エンタープライゼス合併以来半世紀以上続いたセガの『ゲームセンター運営事業者』としての側面を国内外で終わらせた。2021年4月にはセガがセガグループを吸収合併し[29]、グループ内のセガ関連法人を一本化、家庭用とアーケードの開発体制を『セガ』一社に統合する組織再編を完了した。同月、里見治紀氏は代表取締役社長グループCEOに専任してCOOを分離[30]、創業者・里見治氏(代表取締役会長)はCEOから退き、名実ともに二代目単独体制へ移行した。
このアミューズメント撤退の意味は、単に不振事業を整理したことではない。店舗運営はオペレーション・不動産・人件費の固定費が重く、規模を拡大しても利益率が頭打ちになる。一方コンテンツ・IP供給は1本追加販売したときの増分費用がほぼゼロで、グローバル展開で売上をスケールさせれば利益率が指数的に伸びる。デジタルディストリビューションが家庭用ゲームの主流になり、Steam等のグローバルプラットフォームが整備された2010年代後半は、セガにとって店舗運営から離れる絶好のタイミングだった。
アミューズメント施設の縮小と並行して、国内カジノ解禁を見据えた統合型リゾート(IR)誘致でも足踏みが続いた。国内IRの運営は、サミー創業者で里見治紀氏の父にあたる里見治会長から引き継いだ悲願で、韓国・仁川でのパラダイスシティ開業を通じて運営ノウハウを蓄積してきた経緯があった。2021年3月期決算(FY20)の業績では、コロナ影響と構造改革に伴う特別損失が重なり営業利益は減益となったが、コンシューマ事業の好調(『ペルソナ5 ザ・ロイヤル』『ソニックフォース』等のヒット)が下支えとなり、構造改革後の収益構造は明らかに改善する方向へ向かった。創業者・里見治氏の時代に多角化で広げたフロンティアを、二代目・里見治紀氏の時代に収益性軸で絞り込み、エンタテインメントコンテンツ・遊技機・リゾートの3本柱へ集約する流れがここでなった。
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|---|---|---|---|---|
| セガの家庭用ゲーム機ハード事業からの撤退とソフトメーカーへの転身 2001年1月31日、セガは構造改革プランを発表し、家庭用ゲーム機『ドリームキャスト』の製造を2001年3月期かぎりで中止すると決めた。約20年続けたハード事業から退き、他社のゲーム機にソフトを供給するソフトメーカーへ転じる判断となった。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 2004〜2014年セガとサミーの異業種統合と多角化の試行錯誤 | サミーによるセガの株式取得と持株会社セガサミーホールディングスの設立 パチスロ最大手のサミーが、2003年2月に発表したセガとの合併交渉を同年5月に破談させたのち、12月にセガの筆頭株主だったCSKから株式22.4%を約453億円で買い取り、2004年10月の共同株式移転で持株会社セガサミーホールディングスを設立した一連の判断。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 両社株主総会で株式移転を承認 | ★ | |||
| 里見治 | セガサミーHD設立・東京証券取引所一部上場 | ★★ | ||
| 里見治 | トムス・エンタテインメントを子会社化 | ★ | ||
| 里見治 | タイヨーエレックを持分法適用関連会社化 | ★ | ||
| 里見治 | タイヨーエレックを子会社化 | ★ | ||
| 里見治 | セガ系3社を株式交換で完全子会社化 | ★ | ||
| 里見治 | フェニックスリゾートを子会社化 | ★ | ||
| 里見治 | 遊技機の資金をリゾートと海外IRへ振り向けた2012年の同時多発投資 2012年、セガサミーホールディングスは宮崎のフェニックス・シーガイア・リゾートを運営するフェニックスリゾートを買収し、同じ年に韓国Paradise Co., Ltd.との合弁でカジノを含む統合型リゾートの開発に乗り出した。埼玉・川越の遊技機新工場と物流拠点の建設も並行し、遊技機事業が生む資金を複数の領域へ同時に振り向けた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 里見治 | セガサミークリエイションを設立 | ★ | ||
| 里見治 | インデックスの事業を譲受 | ★★ | ||
| 里見治 | パラダイスシティの建設に着工 | ★★ | ||
| 2015〜2021年3事業体制への構造改革とアミューズメント施設からの撤退 | 里見治 | セガの機能別3社分割とアミューズメント施設運営からの撤退 セガサミーホールディングスは2015年4月、傘下のセガを新設分割により家庭用ゲーム・アーケード・施設運営の3機能へ分け、セガホールディングス・セガ・インタラクティブ・セガ・ライブクリエイションを設立した。分けた先の施設運営は2017年1月から段階的に連結の外へ出し、2020年12月のセガ エンタテインメント株式譲渡で直営ゲームセンターから退いた。 詳細を読む | ★★★ | |
| 里見治 | セガ・ライブクリエイションを連結子会社から除外 | ★ | ||
| 里見治紀 | パラダイスシティを開業 | ★ | ||
| 里見治紀 | ゲーミング機器ライセンス取得 | ★ | ||
| 里見治紀 | セガゲームスがセガに商号変更しグループ再編 | ★ | ||
| 里見治紀 | セガ エンタテインメントを連結子会社から除外 | ★★ | ||
| 里見治紀 | Sega Amusements Internationalを売却 | ★★ | ||
| 里見治紀 | セガがセガグループを吸収合併 | ★ | ||
| 2021〜2025年コンテンツ事業の中核化と中計2027「Beyond the Status Quo」 | 里見治紀 | 監査等委員会設置会社へ移行 | ★ | |
| 里見治紀 | Rovio Entertainmentを買収 | ★★ | ||
| 里見治紀 | フェニックスリゾートを連結子会社から除外 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(セガサミーホールディングス)