セガサミーホールディングスセガの機能別3社分割とアミューズメント施設運営からの撤退
家庭用・アーケード・店舗運営を一社で抱え続けるか——セガを機能で割り、祖業のゲームセンターを手放すまで
- 概要
- セガサミーホールディングスは2015年4月、傘下のセガを新設分割により家庭用ゲーム・アーケード・施設運営の3機能へ分け、セガホールディングス・セガ・インタラクティブ・セガ・ライブクリエイションを設立した。分けた先の施設運営は2017年1月から段階的に連結の外へ出し、2020年12月のセガ エンタテインメント株式譲渡で直営ゲームセンターから退いた。
- 背景
- 2015年3月期の連結業績は売上高3,668億円・営業利益175億円で、最終損益は114億円の赤字であった。遊技機は規制強化で市場が縮み、家庭用ゲームはモバイルへの市場移行に乗り遅れ、性格の異なる事業を一社に抱えたまま損益の所在を掴みにくい状態が続いていた。
- 内容
- 2015年4月の新設分割で中間持株会社と機能別事業会社を並べ、既存のセガはセガネットワークスを吸収合併してセガゲームスへ商号変更した。2017年1月にセガ・ライブクリエイションの株式を一部売却してCAセガジョイポリスとし、2020年12月にはセガ エンタテインメント株式の85.1%をGENDAへ譲渡した。
- 含意
- セガ エンタテインメントは全国193店を運営し、2020年3月期の売上高406億円はグループ全体の11%を占めていた。譲渡に伴う特別損失は約200億円に達し、1965年から続いた直営ゲームセンター事業が実質的に幕を下ろした。
見えるようにした事業から、先に外れた
2015年4月の新設分割で変わったのは、組織図よりも損益の見え方であった。家庭用ゲーム、業務用機器、施設運営は、必要な資産も投資の回収にかかる時間も違う。一社に同居していたあいだ、店舗の賃料と人件費を抱える商売の重さは、家庭用の開発費やアーケードの製造原価と混ざって決算書に載っていた。三つを別会社へ立てた再編は、それぞれの売上と費用と資産を別々の決算書へ分けて置く作業にあたる。
ただし、単独の決算書に載せられた事業は、そのまま切り離す候補にもなる。セガ エンタテインメントの総資産利益率3.0%、資産規模311億円という2020年3月期の数字は、分けていなければグループ全体に紛れていたであろう。数字が単独で立ったからこそ、店舗の固定費が集客の落ち込みにどれだけ弱いかも測れた。損益の所在を掴む仕組みが、そのまま畳む対象を選ぶ仕組みになったとみることができる。物差しが資産効率であるかぎり、店舗と人を抱える商売はどれだけ古くても下位に来る。1965年に始めた商売を手放す判断に、始めた年は入っていない。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
統合10年目に露わになった複合事業体の歪み
2004年の経営統合から10年を経たセガサミーホールディングスは、遊技機・ゲーム・リゾートの三つを並べる企業群になっていた。ただし利益の出方は一様ではなかった。遊技機は規制強化と市場の成熟で販売台数が減り、2014年には業界全体で前年比2桁減の水準まで落ち込んでいる。家庭用ゲームはスマートフォン向けへの市場移行に対応しきれず、リゾートは投資が先行したまま回収の入らない期間が続いていた[1][2]。
数字にもそれは表れた。2015年3月期の連結売上高は3,668億円、営業利益は175億円で、前期の営業利益385億円から半分以下に落ちている。最終損益は114億円の赤字であった。複数の事業を並べて景気の波を打ち消し合わせるはずの構成が、実際には各事業の不振が同時に重なる形になっていた。里見治氏は同年4月にグループCEO・COOを社長兼務へ切り替え、事業ポートフォリオの点検に入っている[3][4]。
一社に同居していた三つの商売
当時のセガは、家庭用ゲームソフトの開発販売、業務用ゲーム機器の製造販売、そしてアミューズメント施設の運営という三つを一社で担っていた。この三つは、必要な資産も投資の時間軸も違う。家庭用は開発費を先に積んでヒットで回収する事業であり、アーケード機器はハードの製造と店舗向けの営業が要る。施設運営は店舗の賃料と人件費を固定費として抱え、集客が景気に左右されやすい商売であった[5]。
同居のままでは、どの事業がどれだけ稼ぎ、どこが資本を食っているのかが見えにくい。とくにアミューズメント施設は店舗資産を抱えるため総資産が膨らみやすく、後に明らかになるように総資産利益率は3.0%(2020年3月期)にとどまっていた。損益の所在を切り分けなければ、撤退も追加投資も判断の根拠を持たない。分割はその前段として置かれた手であった[6]。
決断
機能で割るという再編
2015年4月、セガサミーホールディングスはセガを機能別の3社へ分けた。新設分割によりセガホールディングス・セガ・インタラクティブ・セガ・ライブクリエイションを設立し、既存のセガはセガネットワークスを吸収合併してセガゲームスへ商号を変えている。これにより家庭用ゲームはセガゲームス、業務用機器はセガ・インタラクティブ、施設運営はセガ・ライブクリエイションが担う体制となった[7]。
分けたことの意味は、組織図の見た目より損益の見え方にあった。機能ごとに会社を立てれば、それぞれの売上と費用、抱える資産が別々の決算書に載る。稼ぐ事業と資本を食う事業が同じ器のなかで打ち消し合う状態が終わり、どこを伸ばしどこを畳むかを個別に判断できるようになる。持株会社の下に中間持株会社と機能別事業会社を並べる形は、その判断を実行に移すための土台でもあった[8]。
施設運営を外へ出す最初の一手と、二代目への承継
分けた先の処し方は、ほどなく示された。2017年1月、セガサミーホールディングスはセガ・ライブクリエイションの株式を一部売却して連結子会社から外し、同社はCAセガジョイポリスとなった。屋内型テーマパークの運営を本体から切り離す動きであり、施設運営を自ら抱えるのをやめる方向がここで具体化している。分割の翌々年に、機能別に立てた会社のひとつが早くも連結の外へ出た形であった[9]。
同じ2017年4月、里見治氏は長男の里見治紀氏に代表取締役社長を譲り、自身は代表取締役会長へ退いた。里見治紀氏は1979年生まれ、2001年に明治学院大学国際学部を卒業して国際証券に入り、2004年に父が創業したサミーへ移ってセガの米国法人を経ている。多角化で広げた事業を収益性の軸で絞り込む作業は、この承継を挟んで本格化した[10][11]。
結果
1965年から続いた直営ゲームセンターの手放し
決着は2020年に訪れた。新型コロナウイルスの流行で店舗の臨時休業が続き、アミューズメント施設事業は2020年4〜9月期に売上高がほぼ半減して27億円の営業赤字(前年同期は19億円の黒字)に沈んだ。同年11月4日、セガサミーホールディングスはゲームセンター運営子会社セガ エンタテインメントの株式85.1%をGENDAへ譲渡すると決め、12月に連結子会社から外している。譲渡に伴う特別損失は約200億円であった[12][13]。
手放したのは、旧セガが1965年から営んできた事業であった。セガ エンタテインメントは全国193店を運営する業界3位で、2020年3月期の売上高406億円はグループ全体の11%を占めていた。里見治紀氏は決算説明会で「もしこのままわれわれが持っていたとしても、大幅な店舗削減をしなければいけない」と述べている。譲受先の選定でも、イオンファンタジー社長としてアジア展開を進めた片岡尚氏の経営を評価したと語った。翌2021年3月には欧州のSega Amusements Internationalも売却し、アミューズメント施設まわりの資産は連結から離れた[14][15]。
割った会社を再び束ねる
施設運営が外れる一方で、残った二つは再び一本化された。2020年4月、セガゲームスがセガ・インタラクティブを吸収合併してセガへ商号を戻し、セガホールディングスはセガグループへ改称している。2021年4月にはセガがセガグループを吸収合併し、2015年に分けた器は5年余りで畳まれた。分割は恒久の体制というより、切り離す対象を見極めるための工程であったとみることができる[16]。
収益の構図も入れ替わった。2021年3月期は構造改革に伴う特別損失が重なり連結営業利益は66億円まで落ちたが、家庭用ゲームはダウンロード販売の比率上昇を追い風に利益が伸びた。里見治紀氏は2021年末の取材で、統合以来ずっと遊技機の利益が上回ってきた関係が足元で逆転し、家庭用ゲームに限れば前年度の利益は過去最高水準であったと述べている。2020年には遊技機事業を中心に729人の希望退職も実施された[17][18]。
- セガサミーホールディングス 有価証券報告書 第21期(2025年3月期)【沿革】
- セガサミーホールディングス 有価証券報告書(2015年3月期・連結)
- セガサミーホールディングス 有価証券報告書(2021年3月期・連結)
- 週刊東洋経済 2020年12月12日号「ニュース最前線 03 ゲーセン撤退のセガサミー 稼ぎ頭のパチスロにも暗雲」
- 週刊東洋経済 2021年12月18日号「トップに直撃 セガサミーホールディングス 社長 里見治紀 『IRの優先順位は変更 30億人にゲームを届ける』」