東京建物出資SPCの評価損の一括計上による純損失717億円と、再開発・物件売却を両輪とする収益構造への組み替え
含み損を先へ送るか、一度に出し切るか——貸借対照表の外に積み上がった評価損をめぐる処理
- 概要
- 2011年12月12日、東京建物は2011年12月期の最終損益見通しを60億円の黒字から720億円の赤字へ修正した。出資する特定目的会社(SPC)で計上した評価損によるもので、通期の実績は経常損失108億円・純損失717億円となった。畑中誠社長は事実上の引責辞任となり、以後の経営は再開発と物件売却を組み合わせる形へ組み替えられていった。
- 背景
- 2006年から2008年にかけての不動産ミニバブル期に高値で仕込んだ用地が、リーマンショック後の市況悪化で含み損を抱えた。中野駅前は2007年夏に1,437億円で取得したものの、稼働を目前にしてテナントの内定率は3割にとどまり、想定賃料の引き下げも避けられない状態にあった。損失はSPCの内側にあり、決算には表れていなかった。
- 内容
- 東京の中野駅前、京橋3丁目、大阪の梅田北ヤードという3案件に関する特別損失を、合計600億円弱として一度に計上した。中野駅前だけで250億円超の評価減となる。連結の最終赤字は1997年12月期以来14年ぶりで、単年度の損失としては創業以来最大級の水準に達した。
- 含意
- 貸借対照表から切り離せるSPCは、良いときには利益を一度に立て、悪いときには表に出ていない損失を運ぶ器でもあった。1998年のSPC法第1号登録以来この手法に先行してきた会社が、その裏側を一度に引き受けた処理にあたる。2016年以降は再開発と物件売却を両輪とする形へ収益の作り方が整えられ、2024年12月期には経常利益717億円まで戻した。
出し切ることの意味と、その限界
1,437億円で取得した中野駅前の用地は、稼働を目前にしてテナントの内定が3割しか埋まらなかった。この赤字は市況を読み違えた買い物の後始末であって、経営が自ら選んだ攻めの一手ではない。それでも3案件の含み損を一度に出し切り、翌期以降へ持ち越さなかったことは、表に出にくいSPCの内側へ損を残す道を断つ処理であったとみることができる。修正の発表翌日から株価が続伸したのは、処理の遅れをそれまで市場が織り込んでいたことの裏返しでもあった。
ただ、これを英断と呼ぶには留保がいる。中野や京橋が不良資産であることは市場では既定の見方で、評価減はタイミングの問題と受け取られていた。経常段階の利益が赤字前の水準へ戻るには2017年12月期までを要し、その6年は再開発の竣工を待つ時間であった。野村均社長が市況はどこかで変調を来すと語り、複数の地域と用途で開発を並行させることをリスク分散と呼ぶのは、貸借対照表の外で700億円を失った経験から出た言葉だとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
SPCの内側に積み上がった高値づかみ
東京建物が中野駅前の用地を1,437億円で取得したのは、不動産ミニバブルと呼ばれた2007年夏であった。大規模な開発案件は出資する特定目的会社に置き、貸借対照表から切り離して進める手法をとっていた。年商2,000億円規模の準大手にとって、自社の財務を膨らませずに大型開発へ加われるこの仕組みは使い勝手がよく、同社も繰り返し用いていた[1][2]。
2008年のリーマンショック以降、市況は逆を向いた。純利益は2007年12月期の217億円から、2008年12月期101億円、2009年12月期と2010年12月期はいずれも63億円へ水準を落としていった。中野駅前は2012年春の稼働を目前にしてテナントの内定率が3割にとどまり、坪当たり2万円台後半で見込んでいた賃料も2万円台前半へ引き下げるほかなくなっていた[3][4]。
市場が先に織り込んでいた含み損
含み損の存在は、市場ではすでに知られていた。野村証券の福島大輔エグゼクティブ・ディレクターは、中野や京橋を不良資産と見ており、評価減はタイミングだけの問題だと考えていたと語っている。同社が連結の最終赤字を出したのは1997年12月期の185億円の純損失が最後で、その後の14年は黒字を保っていた。決算の数字と資産の実態との間に、開きが残されたままであった[5][6][7]。
SPCの仕組みそのものにも両面があった。資金調達がしやすく、良いときには利益が一度に立つ一方、悪いときには表に出ていない損失が現れる。福島氏はこれをハイリスク・ハイリターンな仕組みと呼んでいる。1998年11月にSPC法の国内第1号登録を取得して以来、東京建物は資産流動化の手法で業界に先行してきた。その先行が、逆向きに働く場面を迎えていた[8][9]。
決断
3案件の評価損を一度に出す
2011年12月12日、東京建物は2011年12月期の最終損益見通しを、60億円の黒字から720億円の赤字へ修正した。損失の中身は、出資する特定目的会社で計上した評価損であった。東京の中野駅前、京橋3丁目、大阪の梅田北ヤードという3案件に関する特別損失は、合計で600億円弱に上る見込みとされた。うち中野駅前の評価減が250億円超を占めた[10][11]。
通期の実績は経常損失108億円、純損失717億円となり、単年度の赤字としては創業以来最大級の水準に達した。畑中誠社長は事実上の引責辞任となる。一方で株価は修正の発表翌日から2日続伸した。悪材料が出尽くしたと受け取られたためで、処理そのものは市場に歓迎されている。含み損を抱えたまま先へ送る道は、この時点で選ばれなかった[12][13]。
結果
業界へ広がった評価減と、6年かけた回復
損失を出した3案件は、いずれも複数社による共同開発であった。梅田北ヤードにはNTT都市開発や大林組など12社が関わっており、東京建物の計上を機に他の11社も次の決算で追随する可能性が高いとみられていた。中野に隣接する新宿では三菱地所や住友不動産の新規ビルが満室稼働に至っておらず、賃料の見直しが値引き競争を招く懸念も指摘された[14][15]。
評価減で仕切り直した中野セントラルパークは、2012年5月に竣工した。業績は2012年12月期の純利益102億円から戻り始めたものの、2014年12月期は純利益829億円を計上しながら経常利益は173億円にとどまり、経常段階の回復には時間がかかった。2017年12月期に経常利益394億円・純利益225億円となり、赤字計上から6年でようやく水準が定まった[16][17]。
再開発と物件売却を両輪にする
2016年6月に社長へ就いた野村均氏は、再開発と物件売却を両輪とする形に収益の作り方を整えた。竣工のない年は収益物件の売却益で業績を支える組み立てで、売却先には高値を出す外部投資家よりも自社系列のREITを選び、資産規模の拡大を通じて運用報酬を積み増す考えを示している。株主からの「売り時の今こそ売ったらどうか」という声には、急がない構えをとった[18][19]。
野村氏は、2棟の売却計画を1棟で達成できれば残る1棟は翌期へ回すと述べ、先送りした物件からは売却までの賃料を得られると説明した。市況はどこかで変調を来すという見方も示し、価格が下落した際に機動的に取得へ動ける財務状態を保ちたいとも語っている。2022年12月期は経常利益635億円・純利益430億円、2024年12月期は営業収益4,637億円・経常利益717億円・純利益658億円となった[20][21][22]。
- 週刊東洋経済 2011年12月20日号「NEWS TOP4 不動産 東京建物が巨額評価損 業界ドミノ倒しの予兆」
- 週刊東洋経済 2022年6月4日号「トップに直撃 東京建物 社長 野村 均『再開発と物件売却が両輪 市況過熱でも安定成長重視』」
- 東京建物 有価証券報告書(2011年12月期・連結)
- 東京建物 有価証券報告書(2017年12月期・連結)
- 東京建物 有価証券報告書(2024年12月期・連結)
- 東京建物 有価証券報告書【沿革】
- 会社年鑑(東京建物 単体業績・1997年12月期)