決断
同じ土地を手放さず、上に建つものだけを入れ替えてきた。1950年の財閥解体で丸ノ内の土地建物は三菱地所・陽和不動産・開東不動産の3社へ分かれたが、1952年に陽和株が買い占められると旧三菱系8社が買い戻し、1953年4月に両社を吸収合併して丸ノ内を1社へ戻した。1959年7月には丸ノ内総合改造計画を策定し、明治期の赤煉瓦を街区ごと取り壊して地下3階・地上9階のビル群へ建て替え、1973年の三菱ビル竣工で一巡させた。1988年1月には東京駅周辺113ヘクタールに総額約6兆円を投じる丸の内マンハッタン化計画を掲げ、構想は地権者の反発で挫折したが、1995年に初代丸ビルの建て替えを決め、2002年に商業施設4万平方メートルを組み込んだ2代目丸ビルを開業させた。取り壊して建て直すたびに同じ敷地から取れる床が増え、事務所だけだった街区に商業施設が加わった。
1990年4月 米ロックフェラーグループへ出資
1988年1月 「丸の内マンハッタン化計画」
1959年7月 丸ノ内総合改造計画
丸ノ内総合改造計画戦後の事務所需要の膨張と赤煉瓦建物の陳腐化に対し、街区単位の建て替えで床と設備を入れ替え、丸ノ内の借り手を保つための改造計画同じ経営論点に直面した企業 | 経営計画・中期戦略業績の推移1958 1959 1963 売上高(億円) 30 47 89 経常利益率(%) 39.6 38.5 47.0 1953年4月 陽和不動産・開東不動産を合併
1890年3月 丸ノ内の入札ゼロ買収