重要な意思決定
初代丸ビルの建て替え計画を発表(2002年丸ビル竣工)
背景
築70年の初代丸ビルが個人テナント350の壁で建て替え頓挫
1923年に竣工した東京駅前の初代丸ビルは、1980年代になると築60年を超えて老朽化が目立つようになった。三菱地所は丸ビルの建て替え計画を繰り返し立案したが、法律事務所をはじめとする個人テナントが350も入居しており、立ち退き交渉が極めて困難であった。東京駅前という日本一の一等地でありながら老朽化した大正時代のビルが放置される事態となり、丸ノ内の再開発における最大の懸案事項となっていた。
建て替えの決定打となったのは1995年1月に発生した阪神淡路大震災であった。都市の直下型地震によって甚大な被害が発生したことで、築70年を超える初代丸ビルの耐震性に対する懸念が高まり、防災の観点から建て替え議論が急速に進展した。1995年11月に三菱地所は初代丸ビルの建て替えを正式に発表し、1997年から取り壊しが開始された。
決断
2代目丸ビルを竣工し丸ノ内を複合都市として再開発
2002年に三菱地所は2代目丸ビルを竣工した。初代丸ビルが純粋なオフィスビルであったのに対して、2代目は商業施設を併設した複合ビルとして設計された。あわせてメインストリートである仲通りに商業施設の誘致を進め、丸ノ内を平日のオフィス街としてだけでなく休日も楽しめる複合都市として再開発する方針を打ち出した。
丸ビルの建て替えは三菱地所にとって丸ノ内の土地利用を高度化する転機となった。超高層ビルへの建て替えにより床面積を大幅に拡大し、商業施設との複合化によって平日・休日を通じた集客力を確保した。渡辺武次郎氏が堅持した31mの中層ビル群からの転換であり、三菱地所が丸ノ内の超高層化に本格的に踏み切る出発点となった。