重要な意思決定
三菱地所株式会社を設立
背景
三菱合資会社のオフィス賃貸部門を独立させ新会社を設立
三菱財閥(三菱合資会社)は丸ノ内のオフィス開発と賃貸事業を本格展開するために、1937年5月に新会社として三菱地所株式会社を設立した。それまで三菱合資会社の地所用度課として運営されていたオフィス賃貸事業を切り出し、丸ノ内一帯の土地・建物を新会社に譲渡する形で独立させた。三菱財閥にとって不動産事業は長らく副次的な存在であったが、丸ノ内の開発が進展して事業規模が拡大するにつれ、独立した会社組織による運営が求められるようになった。
三菱地所は丸ノ内の土地と建物を一括して管理・運営する体制を構築し、三菱財閥のオフィス賃貸事業を専業で担う会社として発足した。1923年の丸ビル竣工以降、丸ノ内のオフィスビル群は拡充を続けており、赤レンガ時代の建築から近代ビルまで多数の建物が管理対象となっていた。これらの資産を一元的に管理することで賃貸経営の効率化を図り、オフィス賃貸の専門企業としての事業基盤を確立した。
決断
財閥解体による3社分割を経て1953年に三菱地所を再発足
1945年の終戦後、GHQによる財閥解体の方針に基づき三菱地所は1950年に企業再建整備法の適用を受けて3社に分割された。旧三菱地所から三菱地所・陽和不動産・関東不動産の3社が発足し、丸ノ内の資産は分割して各社に引き継がれた。戦後の混乱期において三菱財閥の結束は弱体化し、不動産事業も分散した体制での運営を余儀なくされた。
分割後に陽和不動産が外部からの株式買い占めにさらされたことを契機として、三菱グループ内で再統合の機運が高まった。1953年に三菱地所・陽和不動産・関東不動産の3社が合併し、三菱地所が改めて発足した。財閥解体による分割から3年後の再統合であり、丸ノ内の資産を一元的に管理する体制が回復した。三菱地所はこの再発足を経て、丸ノ内を基盤とするオフィス賃貸事業の運営体制を再確立した。