重要な意思決定
1923

丸ノ内ビルヂングの竣工

背景

東京駅の開業と大正期のオフィス需要拡大が近代ビルを要請

1914年に東京駅が開業すると丸ノ内の交通利便性は大幅に向上した。開業当初は東海道本線の終着駅として機能し上野方面の路線は未開通であったが、鉄道駅の設置によって丸ノ内は都市交通の要衝としての条件を初めて獲得した。大正時代に入ると貿易商社の台頭によりサラリーマンという働き方が普及し始め、企業が本社機能を集約するためのオフィスに対する需要が増大しつつあった。

三菱財閥は東京駅の開業を受けて丸ノ内のオフィス開発方針を転換した。それまではイギリス・ロンドンを模倣した地上2〜3階建の赤レンガ建築を志向していたが、大正時代を通じてアメリカの近代的なビル群を模範とした大規模オフィスの建設を指向するようになった。赤レンガ建築では床面積の拡大に限界があり、増大するオフィス需要に対応するためには建築の大規模化が不可欠であった。

決断

東京駅前に丸ノ内ビルヂングを竣工しオフィス街の象徴に

1923年に三菱財閥は東京駅前に「丸ノ内ビルヂング」(初代丸ビル)を竣工した。小規模な赤レンガ建築が主流であった当時としては類例のない本格的な大規模オフィスビルであり、大正時代を象徴するビル建築となった。東京駅前という立地の優位性を活かした丸ビルの竣工により、丸ノ内は日本を代表するオフィス街としての地位を確立し始めた。

丸ビルの竣工は丸ノ内の買収(1890年)から33年を経て実現した近代オフィス開発の到達点であった。三菱1号館(1894年竣工)に始まる赤レンガ街の形成期を経て、東京駅開業後の需要拡大に対応した近代ビルの建設に至った。丸ビルはその後も丸ノ内のランドマークとして機能し、三菱のオフィス賃貸事業の象徴的な存在となった。