片倉工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

祖業から撤退する前に、その工場跡地の使い道を先に決めた。1950年代にナイロンが婦人靴下の原料を置き換えて生糸の需要が崩れ、1969年12月に無配へ転落した。本業の再建が進まないなか1967年6月に大宮の工場跡地でゴルフ練習場を開設し、1972年に香港系の投資家が株式を10%前後まで買い集めて保有土地に対する株価の安さを突くと、1973年3月の取手ショッピングプラザを皮切りに製糸工場跡地を商業施設へ組み替える不動産事業へ移った。指摘された土地を売却して現金化するのではなく、跡地へ自社で商業施設を建てて賃料を受け取る側に立った。蚕糸の製造は1988年3月に残す拠点を製糸1・蚕種1と定め、1994年12月の休止をもって121年で終えている。跡地の使い道が先に決まっていたため、祖業を終えても土地は現金ではなく賃料を生む資産として残った。

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