決断
マンションを売る組織と、売った後を預かる組織を同じ時期に立ち上げた会社である。1968年2月に「ライオンズマンション赤坂」で分譲を始め、用地費を抑えた分を価格に回して、高級路線の秀和とは逆に中堅サラリーマンへ売った。翌1969年4月には管理を担う大京管理を設立し、24時間の管理体制を販売と並ぶ経営の特徴に数えた。販売では営業社員の給与を歩合給から固定給へ改め、各自が抱える見込み客で契約の7割を埋める販売網を育てた。別荘地は横山修二氏の回想では2年で切り上げたが、実際は1974年9月期も売上高の42.3%を占め、主軸の移行は石油危機後の1975年以後だった。1977年には年2,951戸を供給し、長谷工不動産を抑えて業界首位に立った。