志岐守哉
三菱電機・元取締役社長
社長就任までの出自
出自
長崎製作所の技師として、中国電力の新宇部火力発電所向けプラントを受注の段階から手掛けた。同じ案件では、のちに副社長となる広瀬福市氏が営業係長として組んでいる。電力向けの重電を出発点とした技術者である。
社長に選ばれた経緯
在任中の主な施策
施策
1986年7月に日米半導体協定が結ばれ、公正市場価格の導入で値下げによる量産効果を狙う戦略は封じられた。それでも設備の積み増しは止めず、重電の工場を半導体の工場へ転換した。1989年6月時点で1メガDRAMは業界第2位にあり、4メガ・16メガも量産できる体制にあった。1988年度の単独決算は売上高2兆2301億円・経常利益931億円で、いずれも過去最高となった。同年6月には自動車機器事業本部を新設した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1985〜1992年
在任中の業績
就任前(FY84)18,583億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
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