北岡隆

三菱電機・元取締役社長

Kitaoka Takashi(敬称略)

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社長就任 1992年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1955年に入社した。愛知県の稲沢製作所でエレベーターを手掛けた時期には、安物とみられていた交流型エレベーターを徹底して改良し、不況を抜けると同時にシェアを拡大した。1985年には半導体の責任者として北伊丹製作所長へ就任した。重電出身でない初の社長である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1992年、3人の社長候補から選ばれて社長に就任した。前任の志岐守哉氏は選考の理由にバランス感覚とリーダーシップを挙げている。基幹分野から先端技術まで幅広く経験しており、事業間の釣り合いを取れると期待された。1992年3月期の連結売上高は3兆3433億円・経常利益1084億円で、当時の三菱電機は最も変化に縁遠い大企業の一つと評されていた。

在任中の主な施策
施策

万年3位に安住する会社を業界首位にすると掲げ、ゼネラル・エレクトリック社のジャック・ウェルチ会長流の選択と集中を指針に据えた。1993年の9事業本部への再編では事業本部長の決裁枠を1億円から5億円へ広げ、常務会にかかる案件は6割減った。年功的な人事・報酬制度を廃して社内公募制を敷いた。半導体投資は1994年から1996年に連結で約3000億円に達し、1998年2月には沖電気工業と同時に汎用DRAM事業からの撤退を決めた。 構造改革と社長の引責辞任汎用DRAM事業から撤退

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1992〜1998年
在任中の業績
就任前(FY91)33,433億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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