三菱日立パワーシステムズの解消と火力発電事業からの撤退
祖業に連なる火力を、なぜ合弁ごと手放したのか——南アフリカ案件の損失負担をめぐって
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- 概要
- 2014年に三菱重工業と設立した火力発電の合弁・三菱日立パワーシステムズについて、日立が単独受注した南アフリカ石炭火力案件の損失負担をめぐる紛争を機に2019年12月に和解し、保有する35%全株式を三菱重工へ譲渡して火力発電事業から撤退した経営判断。
- 背景
- 世界のインフラ商戦で重電各社が官民一体の売り込みを競うなか、日立は火力を三菱重工と統合して規模を確保した。だが合弁への移管前に日立が単独受注した南アフリカ案件が工期遅延で巨額の損失を生み、両社の紛争へ発展した。
- 内容
- 三菱重工が約7,743億円の支払いを求めて仲裁を申し立てた紛争を、2019年12月18日に和解。日立は35%の全株式を三菱重工へ2,480億円で譲渡し和解金2,000億円を支払い、和解損失3,759億円を計上した。合弁は三菱重工の完全子会社となった。
- 含意
- 祖業に連なる火力からの退出であり、ABBパワーグリッド取得(送配電)と対をなすエネルギー事業の組み替えでもあった。単独受注の案件を合弁が担う構図が損失の帰属を曖昧にした点に、リスク分担の難しさがうかがえる。
合弁というリスク分担の残したもの
この判断の核心は、財務上の損失処理であると同時に、合弁というリスク分担の形そのものを問い直した点にあるとみることができる。単独で受注した案件を合弁へ持ち込めば、損失が生じたときに責任の所在が曖昧になりやすい。日立と三菱重工が火力を一つにまとめた統合は、規模の獲得という利点と引き換えに、履行と受注の主体がずれる構造を抱えていた。和解損失3,759億円という代償は、その構造から生じた面が小さくないとみられる。
火力を畳んでグリッドを買うという入れ替えは、脱炭素という時代の要請を先取りする賭けでもあった。発電の川上から送配電へ、二酸化炭素を出す領域から送り届ける領域へと、エネルギー事業の柱を移す判断が、Hitachi Energy を軸とする今日の構成につながっている。祖業に連なる火力をあえて手放した選択が次の成長をどこまで支えるかは、Hitachi Energy が今後どれだけ稼ぎ手に育つかに映し出されていく。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
世界インフラ商戦のなかの火力統合
2010年前後、発電設備を中心とする世界のインフラ市場では、新興国の需要をめぐって各国の重電メーカーの競争が激しさを増していた。日立製作所は火力発電を原子力や送変電と並ぶ社会インフラ事業の柱としていたが、単独では欧州や韓国の官民一体の売り込みに押され、規模の確保が課題となっていた。2011年8月には三菱重工業との火力統合の構想が報じられ、新興国開拓の成否に成長がかかると受け止められた[1]。
統合は2014年2月に結実し、三菱重工が65%、日立が35%を出資する三菱日立パワーシステムズが発足した。火力発電システム事業を会社分割で切り出して合弁へ承継する形をとり、両社は開発・製造・保守の重複を解消しながらグローバルでの受注力を高めようとした。祖業の電機に連なる火力を、自前で抱え込む体制から共同運営へと移した判断であった[2]。
合弁に持ち込んだ南アフリカ案件
統合には火種が伴っていた。日立は2007年から2008年にかけ、南アフリカの電力公社が進める石炭火力発電所向けにボイラー12基を受注しており、総受注額はおよそ5,700億円に達していた。この大型案件は、合弁の設立に先立って日立が単独で獲得したものであった。設計変更や現地の労働争議が重なって工期は大幅に遅れ、費用は当初の想定を超えて膨らんでいった[3]。
案件は2014年の統合で三菱日立パワーシステムズへ移されたが、遅延に伴う損失をどちらが負うのかは、合弁の設立時に明確に切り分けられていなかった。受注そのものは日立が単独で決めながら、履行は合弁が担う。この食い違いが、のちに両社を激しく対立させた。合弁が損失の帰属を切り分けないまま走り出していた点に、この案件の難しさがうかがえる[4]。
決断
仲裁申し立てと和解
対立は法廷外の仲裁へ持ち込まれた。三菱重工は2017年7月に仲裁を申し立て、南アフリカ案件で生じた費用として日立に約7,743億円の支払いを求めた。日立の連結純利益の数年分に相当する請求であり、上向きに転じつつあった業績の重しとなりかねない規模であった。両社は火力の合弁を共同で運営しながら、その足元で巨額の損失負担を争うという状態に置かれた[5]。
2019年12月18日、両社は和解の成立を正式に発表した。日立は保有する三菱日立パワーシステムズの35%全株式を三菱重工へ2,480億円で譲渡し、あわせて2,000億円の和解金を支払うことで決着した。この処理に伴い、日立は2019年度に和解損失3,759億円を計上した。単独受注の遅延が、最終的に3,759億円の和解損失として日立の側に重くのしかかった[6][7]。
火力からの退出という選択
和解は同時に、火力発電事業そのものからの撤退を意味していた。日立は2020年9月に合弁株式の譲渡を完了させ、三菱日立パワーシステムズは三菱重工の完全子会社となった。出資比率35%で発足した合弁は、およそ6年で解消された。日立に残ったのは発電所の保守サービスなどに限られ、機器の製造という祖業に連なる領域から事実上退いた[8]。
撤退の判断には、損失の確定を優先した面が大きい。争いを長引かせれば、和解額の不確実性と経営上の重しが続く。日立は成長の見えにくい火力を切り離し、損失を一度に確定させることを選んだ。合弁を組んだ相手に事業ごと引き渡す形での撤退は、痛みを伴う一方で、争点を将来へ持ち越さない決着でもあった[9]。
結果
エネルギー事業の組み替え
火力からの退出は、単独の撤退にとどまらなかった。日立は同じ時期に、スイスABBのパワーグリッド事業を約7,200億円で取得し、送配電へと事業の主力を移していた。火力という発電の川上を手放しながら、電力を送り届けるグリッドを買い入れる。エネルギー事業の柱を、二酸化炭素の排出が多い火力から脱炭素時代の送配電へと置き換える動きの一部であった[10]。
事業の絞り込みは他分野にも及んだ。2021年3月には画像診断関連事業を富士フイルムヘルスケアへ譲渡し、ヘルスケアの範囲を狭めた。和解損失を計上した2020年3月期の連結純利益は875億円にとどまり、営業利益も前年の5,165億円から1,803億円へ落ち込んだ。買収による拡張と、和解損失を含む縮退が同時に進むなかで、事業の取捨は一過性ではなく常時の経営規律として定着していった[11][12]。
- 日本経済新聞(2011年8月4日)「日立・三菱重工統合へ」
- 日本経済新聞(2019年12月18日)「三菱重工と日立、南アフリカの火力巡る和解を正式発表」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53510460Y9A211C1I00000/)
- 日立製作所 有価証券報告書 第156期(2025年3月期)【沿革】