大西洋社長の電撃辞任と杉江俊彦専務の昇格
カリスマの退場は再建を早めたか——旗艦・新宿本店の陰りと労組の反旗が迫った社長交代
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- 概要
- 2017年3月7日、三越伊勢丹ホールディングスが大西洋社長の同月末での辞任と、杉江俊彦専務執行役員の社長昇格を発表した経営判断。訪日客の爆買い一巡で業績不振が表面化するなか、独断専行との批判を浴びた大西社長が求心力を失い、統合の象徴だったカリスマ経営者が退場した。
- 背景
- グループの収益柱である伊勢丹新宿本店が陰り、2013年の大規模改装も効果が続かなかった。旧三越と旧伊勢丹の社内融和を優先して高コスト体質にメスが入らず、2016年度は競合を上回る減益幅に沈んでいた。
- 内容
- 大西社長が決算会見で機関決定前の店舗リストラ策を次々と表明し、報道が先行。混乱した現場を背に労働組合が全従業員アンケートを基に強く抗議した。求心力を失った大西社長は辞任を決断し、その路線を支えてきた杉江俊彦専務が後継に据えられた。
- 含意
- カリスマ経営者の退場は、高コスト体質という根本課題を解いたわけではなかった。後継の杉江体制も不採算店の原則閉鎖には踏み込めず、2018年3月期は最終赤字に転落した。統治の空白が構造改革の停滞として残った。
カリスマの退場が問うたもの
この交代の中心にあるのは、統合会社を束ねるトップの正統性がどこから生まれるかという問いであった。大西洋社長は旧三越と旧伊勢丹の融和を掲げて求心力を保とうとし、その代償として痛みを伴うリストラを先送りしてきた。ところが業績が傾くと、機関決定を待たずに発せられた改革メッセージは現場の不信へ転じ、融和のために温存したはずの組織そのものが反旗を翻した。カリスマ性が支えていた統治の足場が、業績不振を触媒に崩れていった経緯がうかがえる。
もっとも、社長を替えても課題が解けたわけではなかった。後継の杉江体制は「構造改革優先」を掲げながら不採算店の原則閉鎖には踏み込めず、翌期の決算は赤字へ沈んだ。トップの退場は組織の不満を鎮める装置にはなっても、高コスト体質という積年の課題まで解く保証はない。誰が号令をかけるかという人の問題と、何を畳み何を残すかという事業の問題は別物であり、三越伊勢丹の再建はその後も長く後者を問い続けたとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
旗艦・新宿本店の陰り
百貨店首位の三越伊勢丹ホールディングスは、2017年に入って業績不振を露わにしていた。1月下旬に発表した2016年4〜12月期の営業利益は、前年同期比36%減の196億円。エイチ・ツー・オーリテイリングや高島屋、J.フロントリテイリングと比べても突出した減益幅であった。2015年度に百貨店業界を潤した訪日客の爆買いが一服し、それまで隠れていた不振が一気に表面化していた[1]。
問題の芯にあったのは、日本一の売上高を誇る伊勢丹新宿本店の落ち込みであった。同店は先端ファッションの品ぞろえでグループ内の赤字店を支えてきた収益柱だったが、訪日消費を除いたベースでは売り上げが減り続けていた。原因の一つは2013年の大規模改装で、初年度こそ前期比12%増と話題になったものの、2年目には早くもマイナス基調へ転じ、回遊通路の新設で売り場面積が10%減った影響も後から効いていた[2]。
温存された高コスト体質
競合が構造改革で身軽になるなか、三越伊勢丹だけが旧来型の百貨店モデルを主体に据えたままであった。高島屋は不動産開発を収益源に育て、J.フロントはテナントへ売り場を貸して固定費を圧縮していた。これに対し三越伊勢丹は高コスト体質にメスが入らず、店舗運営費と人件費のかさむ構造ゆえに、わずか2〜3%の売り上げ減が大幅減益へ直結していた[3]。
リストラが遅れた遠因は、統合後の融和を優先し続けたトップの立ち位置にあったとみられる。2016年11月の決算会見で大西洋社長は2017年度からの管理職ポスト削減を表明したが、9年前の経営統合時に想定した200〜250のポスト削減は結局300超へ膨らみ、削減の実行は先送りされていた。ある関係者は、大西社長が社内融和を実現するために「人は減らさない」と言い続けてきたことを遠因に挙げていた。こうして高コスト構造は温存されたまま、2017年3月期の営業利益は239億円へと沈んだ[4][5]。
決断
労組の反旗と電撃辞任
2017年3月7日、三越伊勢丹ホールディングスは大西洋社長が同月末に辞任し、後任へ杉江俊彦専務執行役員を昇格させる人事を発表した。後任も決まらぬうちに辞任報道が先行し、内定していた翌年度の執行役員人事は白紙撤回されるなど、退場劇はかつてないドタバタぶりだった。大西社長は6月の株主総会まで取締役を続けたのち、旧三越出身の石塚邦雄会長とともに退任した[6]。
引き金を引いたのは、現場の労働組合であった。労組は年末にかけて全従業員アンケートを実施し、名前の挙がっていなかった店舗の構造改革や100億円の人件費削減といった断片的な情報が発表されて職場が混乱したと、経営陣へ強く抗議した。社内の不満を突き付けられた大西社長は、辞任を決断せざるをえなかった。労組の反発が社長を退場へ追い込んだ点で、統治のかたちを問う交代であった[7]。
独断専行と求心力の喪失
直接の発端は、大西社長のスタンドプレーともいえる言動であった。2016年11月の決算会見で、苦戦する地方・郊外店の改善策を問われた大西社長は、伊勢丹松戸店・府中店、広島三越、松山三越の4店を名指しし、百貨店部分の縮小やテナント誘致など抜本策を講ずる方針を明らかにした。ところがこの4店の改革は、その時点で社内の機関決定を経ていなかった。重複店舗の整理や正月営業の見直しなど、重要事項が本人の口から次々と報道先行で伝えられていた[8]。
辞任の背景を、店舗リストラをめぐる旧伊勢丹側と旧三越側の対立に求める見方も報じられた。だが同時代の観察は、大西社長が独断専行によって求心力を失ったという単純な理由を芯に据えていた。労組が経営トップへ反旗を翻すのは初めてではなく、1993年にも旧伊勢丹で創業家出身の小菅国安元社長が労組との対立を契機に突如退任した前例があった。統合会社の内部に残る旧社ごとの力学が、業績不振を触媒に噴き出した交代であったとみることができる[9]。
結果
抜本策には踏み込めなかった杉江体制
2017年4月に就任した杉江俊彦社長は、成長よりも構造改革を優先すると語り、5月の決算会見で改革案を示すと公言していた。だが5月10日に示された中身は、既存の早期退職金制度を積み増して応募しやすくする一方、焦点だった不採算店は「原則閉鎖しない」というものであった。直営売り場の縮小やテナント導入でしのぐ方針にとどまり、削減規模も「労働組合との協議次第」とされ、最大の課題である高コスト体質への抜本策には踏み込まなかった[10]。
それでも年後半には、杉江社長は出血覚悟の構造改革として不採算子会社の整理に動いた。赤字が続いたスーパー「クイーンズ伊勢丹」運営子会社の株式66%を2018年3月末に投資ファンドへ売却し、債務超過の子会社「マミーナ」も事業を終えて清算する方針を示した。2020年度に営業利益350億円(2016年度実績比46%増)を掲げ、不採算事業の整理や人員削減で120億円規模の利益を捻出する算段だったが、地方店の対策は「現時点では決めたものはない」と課題を残していた[11]。
最終赤字が残したもの
出血覚悟の構造改革は、目先の数字を削った。三越伊勢丹ホールディングスの2018年3月期は、在庫処分や子会社整理の費用が重くのしかかり、親会社株主に帰属する当期純損益が9億円の赤字へ転落した。カリスマ社長の退場から1年、経営体制は入れ替わったものの、高コスト体質という課題は解けないまま、決算の姿に統治の空白がそのまま表れる結果となった[12][13]。
販売の現場でも、業界を牽引してきた自負が揺らいでいた。三越伊勢丹は2012年夏から同業他社より2週間ほど遅らせてバーゲンを実施し、正規価格での販売期間を長く取ってきたが、2018年冬のセールは約6年ぶりに他社と同時期の1月4日開始へ戻した。他社に遅れての開催は販売力に自信のある同社ならではの慣行だっただけに、時期を元へ戻したことは、圧倒的とされた販売力にも陰りが出てきたことを映していた[14]。
- 週刊東洋経済 2017年2月11日号「ニュース最前線01 旗艦の新宿本店にカゲリ 揺らぐ三越伊勢丹の未来」
- 週刊東洋経済 2017年3月18日号「ニュース最前線02 労組反旗で社長が辞任 混迷深まる三越伊勢丹」
- 週刊東洋経済 2017年5月20日号「ニュース最前線04 抜本策には踏み込まず 三越伊勢丹の前途多難」
- 週刊東洋経済 2017年12月30日号「三越伊勢丹の再生 出血覚悟で構造改革を急ぐ」
- 三越伊勢丹ホールディングス 有価証券報告書(2017年3月期・連結)
- 三越伊勢丹ホールディングス 有価証券報告書(2018年3月期・連結)