動画レシピ台頭による凋落と縮小均衡への転換
2019年実施動画レシピに出遅れ3期連続の営業赤字に沈んだクックパッドは、規模を縮めることで何を守ろうとしたか
- 概要
- 2016年前後に台頭したスマホの短尺動画レシピにテキスト投稿型のクックパッドが出遅れ、有料会員と売上が縮むなか、希望退職と6事業廃止で費用を削り、規模を追わず縮小均衡へ転じた経営判断。2023年10月には創業者・佐野陽光が11年ぶりに社長へ復帰し、2024年に黒字へ戻したが売上は58億円まで縮んだ。
- 背景
- delyの「クラシル」やエブリーの「DELISH KITCHEN」が動画の手軽さで利用者を集め、クラシルは2017年にレシピ動画数で世界一となった。文字と写真のクックパッドは目新しさを欠き、国内月間利用者は2年で約1,000万人減り、有料会員も2018年末の約205万人をピークに減少へ転じた。
- 内容
- 2023年2月に上限40名の希望退職と、食育「おりょうりえほん」や釣り「ツリバカメラ」など6事業の廃止を発表。海外でも人員を削り、連結従業員数は2020年末の547名から2024年末の117名へ縮んだ。同年10月には創業者・佐野陽光が11年ぶりに代表執行役CEOへ復帰した。
- 含意
- 売上収益は2016年の約168億円をピークに減り続け、2019年に上場来初の最終赤字、2021年から3期連続の営業赤字に沈んだが、費用圧縮で2024年に黒字転換した。ただし売上は58億円まで縮み、動画で先行したdelyは2024年に上場、クラシルの売上はクックパッドを規模で上回った。
動画への出遅れが招いた縮小均衡
この判断の核心は、規模の追求をやめ、料理という本業に合わせて費用を絞ることで、赤字の連鎖を止めた点にある。クックパッドは投稿型レシピの草分けとして国内で圧倒的な利用者を抱えていたが、スマートフォンの短尺動画という新しい形式への対応が遅れ、無料の動画に利用者の時間と関心を奪われた。長年かけて蓄積した投稿レシピという資産は、形式の転換の前で競争力へ結びつきにくくなった。有料会員は2018年をピークに細り、2019年の最終赤字から2021年以降の3期連続の営業赤字へと沈んだ。希望退職と6事業の廃止で従業員を半分以下に減らし、収益に費用を合わせにいく縮小均衡が、黒字転換の前提を整えた。
もっとも、黒字への転換は事業の再拡大を意味しない。2024年に黒字へ戻した時点で、売上は58億円までしぼみ、有料会員の2023年末から2024年末への減少も続いていた。一方、動画で先行したdelyは2024年12月に東証グロースへ上場し、時価総額は約480億円に達した。設立から数年の後発が、先発のクックパッドを規模で上回るところまで育っていた。2026年初めにはクラシルの売上がクックパッドの3倍を超えたとされ、レシピ市場での規模は逆転していた。新しい技術の潮流への出遅れが競争上の立場を反転させ、縮小均衡は、失った規模を取り戻す道ではなく、残った本業を守るための選択として働いた。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
動画レシピの台頭とテキスト投稿の陳腐化
レシピサービスの前提は、2016年前後のスマートフォンの普及とともに変わり始めた。文字と写真で調理手順を伝えるクックパッドの投稿型モデルに対し、後発のdelyが2016年2月に始めた「クラシル」は、短い動画で手元の動きをそのまま見せる方式で利用者を集めた。堀江裕介が率いるdelyはレシピ動画を大量に投入し、クラシルは2017年にレシピ動画数で世界一に達したと報じられ、同年12月にはアプリのダウンロードが1,000万件を超えた。2015年に先行したエブリーの「DELISH KITCHEN」も同じ潮流を担い、文字ベースのクックパッドは相対的に目新しさを欠いた[1]。
動画への需要は資本の裏づけも得た。2018年7月、ヤフーはdelyを約93億円で子会社化し、検索大手の傘下でクラシルは配信の基盤を広げた。エブリーの「DELISH KITCHEN」もSNSや流通との連携で視聴の裾野を広げ、動画勢は無料で見られる手軽さを武器に利用者の時間を集めた。調理をひと目で追える動画は、目的の料理を検索して文章と静止画で確かめる従来の使い方から、利用者の時間を奪った。クックパッドが積み上げてきた膨大な投稿レシピの蓄積は、動画という新しい形式の前では強みを発揮しにくくなり、無料でも十分という受け止めが広がっていった。手軽さと無料という二つの条件が、後発の動画サービスへの追い風となった。
利用者離れと有料会員のピークアウト
利用者の離反は数字に表れた。クックパッドの国内月間利用者数は、2016年末の約6,400万人から2018年には約5,500万人へと、2年でおよそ1,000万人減った。広告と並ぶ収益の柱である有料会員も、2018年末の約205万人をピークに減少へ転じた。無料の動画で日々のレシピが得られるようになると、月額を払って投稿レシピを使う理由は薄まり、退会が入会を上回った。売上収益は2016年12月期の約168億円を頂点に細り始め、動画に出遅れたテキスト投稿の陳腐化が、集客と課金の両面から収益の基盤を痩せさせた。月額課金を前提とする事業モデルの土台が、会員数の逓減とともに静かに揺らいだ[2]。
決断
希望退職と6事業廃止による費用圧縮
収益の縮小に対し、クックパッドは費用構造の見直しへ動いた。2023年2月10日、上限40名の希望退職を募ると同時に、食育アプリ「おりょうりえほん」や釣り情報「ツリバカメラ」など6事業を廃止すると発表した。廃止する事業の売上高は全社のおよそ12%にあたり、これらは多角化のなかで広げた周辺領域でもあった。岩田林平社長は経営責任を明確にするため役員報酬を2か月間にわたり50%返上した。希望退職には上限を超える46名が応じ、料理を核としない周辺の事業を切り離すことで、本業への集中と固定費の削減を同時に進めた[3]。
人員の削減は国内にとどまらなかった。海外事業でも80名の募集に73名が応じ、2023年6月から8月にかけての退職勧奨と合わせて約110名を減らした。海外はかつて世界展開の要と見込まれた領域だったが、本業が細るなかで投資を続ける余力は失われていた。国内外の削減が重なった結果、連結従業員数は2020年末の547名を頂点に、2022年末の409名、2023年末の147名へと急速に細った。2024年末には117名まで減り、ピークからおよそ5分の1の規模になった。人件費を軸とする費用の圧縮が、縮小均衡の中心に据えられた[4]。
創業者・佐野陽光の11年ぶりの社長復帰
組織の縮小と並行して、経営の指揮系統も改まった。2023年5月18日、クックパッドは創業者の佐野陽光が同年10月1日付で代表執行役CEOに復帰すると発表した。佐野は2012年に社長を退いてから会長などの立場にあり、経営の第一線へ戻るのは11年ぶりだった。2016年に多角化路線の前社長を株主提案で退けたのも佐野であり、料理への集中という主張は一貫していた。社長を務めてきた岩田林平は取締役へ退き、希望退職と事業廃止で身軽になった組織の再建を、創業者みずからが率いる体制へ改めた。海外を含む多角化の路線から、料理という創業以来の本業へ絞り込む方針が、人事にも映し出された[5]。
復帰の背景には、規模を追う成長路線への区切りがあった。クックパッドは投稿レシピの基盤の上に、生鮮食品のEC「クックパッドマート」や海外展開など多方面へ手を広げてきたが、動画競争のなかで本業の収益が細り、周辺の事業を抱え続ける余力は乏しくなっていた。会員の減少で本業の稼ぐ力が弱まるほど、投資段階の新規事業を支える原資も細っていった。創業者の復帰は、規模の拡大よりも本業の立て直しと費用の適正化を優先する選択と重なった。料理という本業に立ち返り収益と費用を釣り合わせる縮小均衡の方針を、多角化を主導した前任者から創業者へ経営を託す人事が、あらためて裏づけた[6]。
結果
3期連続赤字から黒字転換へ
業績の悪化は数年にわたって続いた。2020年2月7日に発表された2019年12月期は、売上収益117.53億円と営業利益3.07億円を確保したものの、親会社帰属の当期損益は9.69億円の赤字となり、上場来初の最終赤字に沈んだ。翌2020年12月期は売上110.96億円・当期利益4.79億円といったん黒字へ戻したが、減収は止まらなかった。2021年12月期は売上100.04億円に対し営業損益26.33億円の赤字となり、上場来初の営業赤字を記録した。会員の課金に支えられた収益が、利用者の逓減とともに細り続けた[7]。
赤字は本格化した。2022年12月期は売上90.87億円で営業損益35.21億円・当期損益34.88億円の赤字となり、6期連続の減収と2期連続の赤字が重なった。2023年12月期も売上76.07億円・営業損益27.99億円の赤字で営業赤字は3期連続に達し、当期損益は22.29億円の赤字となった。費用の圧縮が効いた2024年12月期は、売上が58.77億円まで縮む一方で営業利益6.74億円・当期純利益13.32億円と黒字へ転じた。ただし有料会員は2023年末の152.5万人から2024年末の140.4万人へ減り続け、課金基盤の縮小そのものは止まっていない[8]。
- 日本経済新聞(2018年3月6日)「レシピ動画の後発クラシル 大量投入で逆転、世界一に」
- Business Insider Japan(2020年2月)「クックパッド、上場後初の最終赤字」
- gamebiz(2023年)「クックパッド、2022年12月期決算は営業損失35億円」
- 日本経済新聞(2023年2月10日)「クックパッドが希望退職募集 一部広告など6事業廃止」
- 日本経済新聞(2023年5月)「クックパッド、創業者の佐野氏が社長復帰 11年ぶり」
- gamebiz(2024年)「クックパッド、2023年12月期決算は営業損失27億9900万円」
- 日本経済新聞(2024年2月)「クックパッドの23年12月期、最終損益が22億2900万円の赤字」
- Media Innovation(2023年7月)「創業者・佐野陽光氏の代表復帰でクックパッドは蘇るか?」
- クックパッド 各期決算説明資料・有価証券報告書