上場企業の経営論点>ガバナンス・経営体制
創業家の関与
創業家の関与は、三度にわたって外から断ち切られてきた。最初は財閥解体で、日本セメントは浅野一族を役員から退けた。次が高度成長の終わりで、大林組は45年続いた同族支配を非同族の社長へ明け渡し、ヤマハは解任動議で川上家の支配を終わらせた。三度目は資本市場が押し出している。出光興産は創業家の持株比率を公募増資で希薄化させ、昭和シェル石油との合併を成立させた。逆に大正製薬ホールディングスは総額7,100億円のMBOで上場を廃止し、市場の監視ごと創業家の内側へ引き取っている。小林製薬が紅麹の健康被害で創業家を経営から後退させたように、同族の持分は説明責任を果たせるかどうかで是非を問われる。
財務諸表のどこを見るか
まず「大株主の状況」で、創業家個人と資産管理会社の持株を合算する。名義が分かれていても住所と社名から辿れる。次に「役員の状況」の所有株式数欄を見て、経営に残る一族と株式だけを持つ一族を分ける。関連当事者情報の注記には役員及びその近親者が支配する会社との取引が出るため、賃借料や仕入の金額と条件を確かめる。コーポレート・ガバナンスの概要には、支配株主がいる場合の少数株主保護の方策が書かれる。
2020年代
イオンとの資本提携解消 創業家が主導した買収防衛策の導入と、独立経営への回帰 澁澤宏一登用と持株会社化 純粋持株会社体制への移行と、創業家以外からの社長選出 オアシスの要求に対応 統治改革要求を受け入れた監査等委員会設置会社への移行 鯉沼久史氏への社長交代 襟川夫妻が15年かけて仕込んだ引き継ぎの仕上がり トヨタ主導で非公開化 グループ主導で進めた上場からの退出 中村公大氏への社長交代 創業家6代にわたる同族承継——中村公一氏からCEO交代 ダルトンの株主提案を拒否 全面拒否を貫いた第119回総会と、離れていった安定株主の一部 紅麹問題で経営陣退任 サプリ健康被害の引責による創業家の後退と、統治体制の刷新 名古屋鉄道と資本業務提携 創業者に代わる筆頭株主の登場と、資本の後ろ盾の入れ替え KKR系TOBで上場廃止 公開買付けへの賛同表明と、東証プライム市場からの退出 大手門のTOBで上場廃止 創業家による総額7,100億円のMBOと上場廃止 横手喜一への社長交代 創業家3代目からの経営の引き継ぎと、同族による継承の区切り 池田英一郎氏への承継 21年続いた長期政権の終幕と、次の世代への経営の引き渡し 米山有沙氏への社長交代 非創業家社長の登用と、創業家3代目 カーライルとの共同出資 ファンドへの株式譲渡と、創業家持分約20%を残す形での資本再編 丸紅出身者への社長交代 創業家以外から初めてトップを迎え入れる形での経営の引き継ぎ グループシナジー路線へ転換 傘下企業の自主性に任せてきた連邦型の運営を改めた、新社長のもとでの路線切り替え 辻信太郎から辻朋邦へ承継 創業60年で初のトップ交代と、第二の創業を掲げた構造改革
2010年代
杉本雅史氏を社外招聘 創業家が会長として代表権を残し、執行を武田出身の社外人材へ委ねた交代 昭和シェルと経営統合 国内元売り2社が一つの企業となる石油精製・販売体制の統合 玉木伸弥氏へ承継 創業者による経営から、生え抜き第二世代への世代交代 昭和シェル合併に対抗し増資 合併に反対する創業家の持株比率を薄める3割の公募増資 マザーズへ株式上場 創業家が過半を持ち続けたままの株式公開と、支配権を手放さない資金調達 キー・セイフティーへ承継 私的整理の主張を捨てた民事再生法の申請と、事業の全面承継 東証マザーズへ上場 PEファンドの出口として設計された、投資回収のための株式公開 ベインのTOBで上場廃止 投資ファンドの公開買付けへの賛同と、東証二部からの退出 ハウス食品の子会社化 創業家保有株23.17%の譲渡による独立経営の手放し 常若コーポレーションの子会社化 創業者の反発の中でのMBOによる非公開化 沼田博和氏への事業承継 創業者から次の世代へ、時間をかけて進めた経営の引き渡し 医薬品と食品の併売店へ転換 創業家によらない外部プロ経営者への継承と、店舗の型の作り替え 北越紀州製紙経由で株式取得 創業家との資本関係の解消と、関連会社等株式の買い戻し 藤森義明氏をCEO招聘 米GE出身の経営者を迎えての創業家からの経営権の移譲 社内通貨Will導入 個人単位まで踏み込んだ管理会計への移行 セントラルケアスタッフを合併 父の建築会社の介護子会社2社の吸収合併と、サンウェルズへの商号変更・傘下入り 青春社のMBOで上場廃止 創業家の資産管理会社によるMBOと、東京証券取引所市場第一部の上場廃止 サントリーとの統合破談 巨大再編を狙った経営統合構想の頓挫と、単独路線への回帰 持株会社化と東証上場 公募・売出約2200億円を集めた、同業に大きく遅れての株式公開 現職トップの解任 取締役会による創業家出身・服部真二氏の社長登板
2000年代
坂本精志体制での株式公開 創業61年目にしての株式公開と、二つの市場への同時上場 西本博嗣の投資会社化 創業家2代目の動議による経営陣刷新 高田順三氏への社長交代 創業家2代目から生え抜き 優先株式の東証上場 議決権を持たない第1種株式を市場で売買させる資本政策 澤井明彦への社長交代 創業家・毒島家から生え抜きCEO・COO体制・執行役員制度の導入 沼田昭二の無借金株式公開 資金を必要としない会社が選んだ2006年の株式公開 SNCインベストメントがMBO 創業家と投資ファンドによる総額2,700億円超のMBOと東証一部からの非上場化 野田順弘氏の社長復帰 大企業向けERPと成果主義の見直しに向けた、創業者の現場復帰 東証一部へ上場 個人商店を理想としてきた会社の、公開市場への踏み出し 三菱商事から後継者招聘 社長職の世襲を退け、自己株式の処分と引き換えに三菱商事から後継を迎えた承継 バンダイとナムコの統合 共同持株会社の発足と、両社を一体で束ねる経営体制への移行 ジャスダックへ上場 店頭登録を経て取引所市場へ移った株式公開 ゴールドマン・サックスの拒否 米投資銀行からの一族保有株買い取り提示を受け入れないという判断 藤田田氏の退場 創業者の退場を経た、米本社による直接統治体制への移行 東証一部へ株式上場 非公開の会社から、市場の値付けに日々晒される会社への移行 非上場と社員持株の継続 株式を公開せず、社員が株主であり続ける資本政策 牛肉偽装事件と経営刷新 食肉の産地表示をめぐる不正の発覚と、これを受けた執行部の総入れ替え JASDAQへの登録上場 登録上場による同族の非公開企業から公開企業への移行 岩田聡氏への社長交代 山内溥氏から次世代への経営権の移譲 大塚裕司氏へ社長交代 創業者・大塚實から長男への世代交代と、データで判断する営業への移行 東証2部へ上場 創業から69年を経て踏み切った株式公開と資本市場からの調達 ムーディーズ格下げと増資 三十七年ぶりの外部資本導入と、会長の一声で白紙に戻った上場 浜島俊哉への社長承継 株式の店頭公開と創業者夫妻の引退、生え抜き社長への経営承継 栗和田榮一氏が経営権掌握 創業者派閥によるクーデター未遂を経た経営権の掌握
1990年代
石橋伸康氏退任、東郷武氏就任 石橋伸康社長の退任と創業家による路線修正 森雅彦氏が早期就任 予定を3年前倒しにした社長交代 藤澤友吉郎引責の米国事業売却 米国後発医薬品事業の売却と、新薬子会社への集約 利益供与事件で岡田邦彦体制へ交代 総会屋への利益供与事件を受けた経営陣の退任と、不採算店舗の閉鎖・人員削減 奥田碩体制の拡大改革 販売網の刷新より販促費と海外生産の拡大に資金を配った4年 御手洗冨士夫氏の社長就任 連結経営への移行と、外部依存を排する自前主義への転換 五島昇の死後の事業整理 五島家の個人支配の終焉と、バブル期に膨らんだ 北修爾への交代と本業回帰 本業回帰と8期ぶりの復配 東誠ビルディングをMBOで取得 倒産した父の会社ではなく、別法人のした第二創業 東芝との資本提携解消 36年に及ぶ親会社の傘からの離脱と、大朏直人氏個人による株式取得での独立 中部家三代の同族経営終幕 三代続いた家業体制の幕引きと、それに合わせた社名の一新 川上家支配の終わり 解任動議と創業家出身社長の退任宣言 商号をSANKYOに変更 三共産業を存続会社とする吸収合併にともなう社名の一新
1980年代
1970年代
1960年代
1950年代
1940年代
日本有機化工から改称 小野市兵衛商店の吸収合併による製造と販売の一本化、小野薬品工業としての再出発 名古屋ゴムの分離独立 企業再建整備法にもとづく第二会社 富士銀行に改称 安田の名を手放した改称と、商号解禁後も旧称号へ戻らないという選択 浅野一族が役員退任 財閥解体に伴う創業家の経営からの退場と、社名を改めた新体制への移行 彦島工場を三菱重工へ譲渡 日立製作所保有株の整理を経た独立系造船会社への再出発 大成建設に改称 財閥解体を経ての社名一新と、社員の会社としての再建 京都の無線研究所で創業 創業した研究所の株式会社への改組と、製作所としての再出発 住友化学の特約販売店に 日本染料製造の合併にともなう特約販売店としての立場の確定