上場企業の経営論点>ガバナンス・経営体制

取締役会改革

日本の取締役会は、内側の設計ではなく外からの追及で作り替えられてきた。1997年、第一勧業銀行は総会屋への融資の隠蔽が発覚して総務部そのものを廃止し、経営陣が総退陣した。商法改正で委員会等設置会社を選べるようになると、日本精工は2期連続の最終赤字を受けて監督と執行を分離し、HOYAはROEを軸に米国流の統治へ移行している。2011年、オリンパスは損失飛ばしを追及した社長を解任し、取締役会が経営者を監督できない実態を露呈させた。2019年には関西電力の金品受領問題が指名委員会等設置会社への移行を招いた。2015年のコーポレートガバナンス・コード以降は株主が直接動き、東芝では取締役会議長の再任が否決され、キヤノンの御手洗冨士夫氏は取締役候補を全員男性としたことを問われて賛成率50.59%まで低下した。取締役会の構成は、株主総会の賛成率で採点される。

財務諸表のどこを見るか

コーポレート・ガバナンスの状況等から読む。監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社のいずれを名乗るか、移行した年度はいつかを押さえる。次に取締役の員数、社外取締役の比率、取締役会と各委員会の開催回数・出席率を並べ、会議が実際に動いているかを測る。役員報酬では決定方針、業績連動報酬の割合、算定に用いる指標を確かめる。形だけの移行かどうかは、内部統制報告書の評価結果と、臨時報告書に載る取締役ごとの選任賛成率で裏を取る。

2020年代

2026年 小林製薬 オアシスの要求に対応 統治改革要求を受け入れた監査等委員会設置会社への移行 2026年 ニデック オアシスの株式取得 アクティビスト・ガバナンス改善要求 2025年 フジ・メディアHD 清水賢治以外の取締役総退任 性加害問題を受けた刷新と、コンテンツを軸に据え直す立て直し 2025年 象印マホービン ギャランツ圧力下で防衛策廃止 自己株式取得・増配による株主還元への切り替え 2024年 ニデック 岸田光哉氏の社長就任 社外から迎えた経営者への交代と、集団指導体制への移行 2024年 川崎重工業 海上自衛隊への裏金供与 潜水艦事業の裏金と舶用エンジン検査データ改ざんの露呈、そして統治の立て直し 2023年 タムロン 桜庭省吾体制での再建 歴代2社長の経費私的流用の発覚と引責辞任、ガバナンスの立て直し 2023年 キヤノン 御手洗会長の賛成率低下 取締役候補を全員男性とした人事と、株主総会での賛成率50.59% 2023年 メイテックGHD メイテックグループHDへ改称 持株会社体制への移行と総還元性向100%を原則とする利益配分 2022年 森永製菓 森永乳業株の政策保有縮減 プライム移行に合わせた持ち合いの解消と統治の形の立て直し 2022年 テクセンドフォトマスク 凸版印刷からフォトマスク事業承継 無対価での事業承継と、投資ファンドによる49.9%取得 2022年 三井住友FG 日興証券相場操縦事件 傘下証券会社の不正を受けた親会社・三井住友FGの引責とガバナンス対応 2021年 東芝 永山治議長の再任否決 エフィッシモの株主提案による独立調査と、経営陣への信任の否定 2021年 みずほFG MINORI障害の頻発 度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換 2020年 ドリームインキュベータ 堀紘一の退任と3代表制 創業者と2代目社長の同時退任と、原田・三宅・細野による並立体制の発足 2020年 三井住友トラストG 975社分の議決権再集計 行使書の先付処理の廃止と、過年度にさかのぼる誤集計の自主公表

2010年代

2019年 アスクル ヤフーとの提携解消と社長解任 独立性防衛と創業社長・岩田彰一郎氏の解任 2019年 サイバーエージェント コーポレートガバナンス改革 社長選任賛成率57.56%を機とする経営体制の見直し 2019年 日本郵政 かんぽ生命の不適切募集 問題と、経営陣の引責・グループ統治の再建 2019年 オリンパス バリューアクトの受入れ 物言う株主を経営に招き入れたうえでのメドテック企業への転換 2019年 MTG 大田嘉仁氏の会長招聘 不適切な会計処理を受けた取締役会の刷新と、京セラ出身 2019年 川崎汽船 エフィッシモの大量保有受入 筆頭株主の長期保有の受け入れと、社外取締役の招請による統治の見直し 2019年 関西電力 森山栄治からの金品受領 役員らの金品受領問題の露見と、第三者委員会設置・指名委員会等設置会社移行によるガバナンス再建 2018年 大成建設 リニア談合事件で起訴 事実関係を認めず、公判で全面的に争う徹底抗戦の方針の選択 2018年 日本ペイント ウットラムが取締役会掌握 取締役会の過半数を明け渡す形での経営主導権の移転 2017年 三菱マテリアル 品質データ改ざん発覚 子会社での発覚と自主公表、同時期に各社へ広がった不正の連鎖の一角 2013年 川崎重工業 三井造船との統合が破談 経営統合構想の白紙撤回と、単独での造船事業の継続 2011年 オリンパス ウッドフォード氏解任 損失飛ばしの粉飾決算と、それを追及した社長の排除 2010年 トヨタ自動車 米国リコール危機対応 市場処置費用の見積り方まで変えた品質保証体制の組み替え

2000年代

2008年 日本板硝子 ピルキントン出身者を社長起用 買収先出身者と外部招聘による外国人社長2代の起用と委員会設置会社への移行 2007年 三和HD 三和ホールディングス発足 事業を子会社へ移す会社分割と、純粋持株会社体制への移行 2007年 SANKYO 澤井明彦への社長交代 創業家・毒島家から生え抜きCEO・COO体制・執行役員制度の導入 2005年 西日本旅客鉄道 福知山線事故後の安全改革 脱線事故を受けた、利益優先体質から安全最優先へのマネジメントの転換 2004年 日本精工 委員会等設置会社へ移行 2期連続の最終赤字を受けた、経営の監督と執行を分ける統治機構への作り替え 2004年 ユニ・チャーム SAPS経営会議の導入 「脱・指示待ち」を掲げ、第2の創業と位置づけた組織改革 2003年 コニカミノルタ ミノルタとの経営統合 株式交換方式の採用と、両社を束ねる持株会社の設立 2003年 HOYA 米国型ガバナンスへ移行 ROEを軸に据えた経営への切り替えと統治構造の作り替え 2003年 日本興亜損害保険 12日間の業務停止命令 代理店の違法な生保募集による代理店名の非公表 2002年 三井物産 国後島不正入札問題 排ガスデータ捏造と併せて突きつけられた、内部統制の全面的な作り直し 2002年 東日本旅客鉄道 株式売却で完全民営化 三段に分けた株式売却と、JR会社法からの離脱 2001年 東海旅客鉄道 扇千景案の受諾と完全民営化 完全民営化をめぐる条件闘争 ── 長期債務の返済策を引き出したうえでの規制離脱

1990年代

1998年 レナウン 水野史郎氏へ全権委任 外様の会長への全権委任と、役員全員による辞職届の提出 1997年 スズキ マルチ・ウドヨグ人事紛争 合弁の社長人事を巡るインド政府との対立と、国際仲裁への持ち込み 1997年 第一勧業銀行 総会屋融資の隠蔽発覚 大蔵省検査を機に迫られた経営陣の総退陣と、総務部そのものの廃止 1997年 野村HD 総会屋事件で酒巻英雄辞任 再発と、氏家純一氏社長による二度目の企業統治改革 1995年 キッコーマン トップダウン経営への転換 米国流を持ち込んだ、意思決定の様式そのものの作り替え 1995年 三菱商事 槙原稔社長の体制刷新 社長主導のトップダウン型の改革として進めた経営体制の作り替え 1994年 U-NEXT HOLDINGS 有線音楽放送正常化協議会へ表明 電柱の無断共架をやめ、事前許可と共架料支払いへ切り替えた正常化 1993年 マルハ 中部家三代の同族経営終幕 三代続いた家業体制の幕引きと、それに合わせた社名の一新 1992年 セコム 飯田亮依存を解く事業5分割 会長個人への経営依存を解くための、専任役員制の導入と権限の分散 1991年 日本航空電子工業 ミサイル部品不正輸出事件 事件をめぐる株主代表訴訟と、そこで確定した取締役個人の責任 1991年 関西電力 美浜2号機の細管破断事故 事故を受けた自主保安体制の立て直し 1991年 アスキー 映画・地域含む拡大路線採用 創業メンバー2名の退任と引き換えに選んだ多角化への傾斜

1980年代

1970年代

1960年代

1900年代

ガバナンス・経営体制のほかの問い

問いの一覧へ戻る