USEN-NEXT HOLDINGS電柱の無断共架をやめ、事前許可と共架料支払いへ切り替えた正常化

全国に敷いた同軸ケーブルを、法令に従った設備へ置き換えるまでの6年

時期 1994年12月
意思決定者(推定) 宇野元忠 社長
論点 法令遵守と全国敷設インフラの維持
概要
大阪有線放送社が1994年12月に正常化へ向けた取り組みの意向を郵政省などの協議会へ改めて示し、1995年7月には向こう6年間で全国の違法施設を正常化する計画を提出した。電柱への共架は事前の承諾と共架料支払いを前提とする形へ切り替えられた。
背景
同社は1960年代から先行投資として全国に放送所と同軸ケーブルを敷いたが、電柱への共架や道路の占用について所有者・道路管理者の許可を得ない施設が積み上がっていた。1977年の衆議院逓信委員会で無断共架が取り上げられ、1985年には業務停止処分と告発に至った。
内容
1989年に郵政省・建設省・警察庁・NTT・電気事業連合会による有線音楽放送正常化協議会が設けられ、その指導のもとで道路占用許可の取得と共架料の支払いが進んだ。1996年3月末にはNTTの電柱約155万本全体の共架料支払いを終え、電力柱は約200万本のうち73万本まで進んだ。
含意
正常化は不要電線の撤去と通信衛星への切り替えを伴い、使用電柱は2000年5月以前の約750万本から2005年8月期末の約400万本へ減った。一方で民地の使用承諾など未解消の部分は2005年時点でも残り、有価証券報告書に事業上のリスクとして書き続けられた。
筆者の見解

数えて、払って、外す

この判断には、劇的な転換点らしきものが見当たらない。1994年12月の意向表示も、1995年7月の6年計画も、外へ向けた宣言というより協議会への回答であった。実際に行われたのは、電柱を数え、所有者ごとに料金を払い、許可を取り直し、使わない線を外すという反復作業で、その量は全国に張った網の大きさに正比例した。創業から30年かけて先回りで敷いた設備を、こんどは1本ずつ法令の側へ登録し直す作業であったといえる。

費用の面から見れば、正常化は継続的な共架料の負担と、撤去に伴う特別損失の両方を持ち込んだ。それでも同社は電柱を手放さなかった。2001年に光ファイバーのブロードバンドへ進み、のちに店舗向けの通信・決済・電力へ商材を広げていく事業は、いずれも既設の物理的な線と、そこにつながる店舗の名簿を前提にしている。関西電力との間で交わされた契約の表題は「電柱無断共架の是正に関する確認書」といい、2005年8月期の有価証券報告書にもその名前のまま載っている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

先行して敷いた全国網

大阪有線放送社は1961年6月、飲食店向けの有線音楽放送として大阪市で始まった。創業した宇野元忠氏は、店内の音楽が終わるたびにホステスがレコードを替えに立つ様子を見て、その操作を一カ所で代行すれば効率が上がると考えた。加入軒数は開業から1か月で100軒を超え、1964年の法人化時点で3000軒、1966年には1万軒に達した。同社の事業は、加入する店まで同軸ケーブルを引く物理的な配線に支えられており、線を通す場所の確保がそのまま事業の速度を決めた[1]

宇野元忠氏は拡大の方針を「先手必勝」と表現し、これから伸びると見込んだ都市へ先回りして放送所を置いた。人口30万以下の都市への進出は無駄だと言われたが、同氏は人口が1万あれば足りると考え、1か月で10か所の放送所を設けたことも、離れ島に敷いたこともあったと述べている。放送所が増えれば、そこから伸びる線も増える。全国網は、電柱に共架された同軸ケーブルの総量として積み上がった[2]

無断共架をめぐる行政の関与

電柱への共架には所有者の承諾が要り、道路の上空を通せば道路管理者の占用許可が要る。1977年4月27日の衆議院逓信委員会で、資源エネルギー庁の担当者は、強制撤去の翌日に再び無断で施工される例があると述べ、1977年1月時点で音楽放送線が共架された電柱12万2175基のうち5287基が無断共架であったと説明した。電気事業連合会は同年3月、有線放送の関係団体へ無断工事の解消を指導するよう要望している[3][4]

問題の中心は放送内容ではなく、線を通す場所の権原にあった。郵政省は1985年、違法な業務を行っているとして大阪有線放送社などに業務停止命令を出し、これに従わないとして告発した。1988年3月23日の衆議院逓信委員会で、放送行政局長の成川富彦氏は、違法状態の内容は「基本的には道路の占用について許可を受けていない」不法占用の問題が大きいと述べ、1985年の業務停止処分の対象となった放送所について、建設省など道路管理者のもとで正常化が進められていると答えている。1989年には郵政省・建設省・警察庁・NTT・電気事業連合会による有線音楽放送正常化協議会が設けられた[5][6]

決断

1994年12月の意向表示と6年計画

協議会の指導が続くなか、大阪有線放送社は1994年12月、正常化へ向けた取り組みの意向を改めて示した。翌1995年7月には、向こう6年間で全国の違法施設を正常化するという計画を提出している。1996年5月7日の参議院逓信委員会で、郵政省放送行政局長の楠田修司氏はこの経過をそのまま説明した。撤去して終わりにするのではなく、既設の線を承諾と料金の裏づけがある設備へ置き換えるという、期限つきの工程が示された[7]

計画の実行は、新設の工事手順を変えることから始まった。ケーブルを新たに架ける際には電力会社やNTTから事前に承諾を得る。既設分については本数を数え、電柱所有者ごとに共架料を払う。同時に、市町村道までを含めた道路占用許可を取り直す。いずれも1本ごと、1件ごとの事務であり、全国に広がった設備の量がそのまま作業量になった。1995年に示された6年という期間は、その量から逆算されたものであった[8]

共架料の支払いと占用許可の取得

進み方には偏りがあった。楠田氏の1996年5月の答弁によれば、同年3月末までに国道と都道府県道の道路占用許可はほぼ完了し、市町村道は県庁所在都市と人口30万以上の都市を中心に進んだ。電柱の添架では、NTTの電柱約155万本については全体の共架料を払い終えていた。一方、電力柱は約200万本のうち73万本にとどまっており、電力会社側との交渉が残っていた[9]

同じ答弁で楠田氏は、同社がカラオケやCATVといった新しい事業を志向していることに触れ、違法状態が是正されていない施設を使って新たな事業を行うことは違法の拡大にあたるとして認めない方針を述べた。正常化は、当時の同社にとって過去の処理であると同時に、次の事業へ進むための条件でもあった。既設設備の法的な位置づけを整えないかぎり、その線の上で別の商売を始めることはできなかった[10]

結果

2000年の契約締結と不要電線の撤去

2000年3月以降、同社は北海道電力から沖縄電力までの電力会社10社、東日本・西日本の両NTTと共架契約を結び、本数に応じた施設使用料の支払いに移った。契約の表題は相手ごとに異なり、東京電力とは「有線音楽放送用電線施設共架契約書」、関西電力とは「電柱無断共架の是正に関する確認書」であった。同年4月には社名を有線ブロードネットワークスへ改め、本社を東京都千代田区永田町へ移している[11][12]

共架料が本数に比例する以上、使わない線を残すことは費用に直結した。同社は2001年5月から通信衛星を用いた放送を始め、顧客密度の低い地域を衛星へ移して同軸ケーブルを撤去した。使用電柱等は2000年5月以前の約750万本から、2005年8月期末には約400万本まで減っている。撤去には不要電線撤去費と固定資産除却損がかかり、過年度に多額の特別損失として計上された。正常化は、料金の支払いと設備の縮小という二つの費用を同時に生んだ[13]

残された未解消問題

契約が結ばれても、すべてが片づいたわけではなかった。2005年8月期の有価証券報告書は、民地の上空を同軸ケーブルが通る場合の使用承諾について、残存するものの多くを取得できていないと記し、技術基準に適合していない電柱等が軽微なものを含めて使用電柱の約3割程度あると認識していると書いている。同社はこれを未解消問題と呼び、自社の負担で解決するとしたうえで、原則として今後さらに3年程度を目処に解消を図る方針を示した[14]

正常化後の電柱は、事業の基盤であると同時にリスクの項目にもなった。2005年8月期末で同社グループが使う電柱は電力会社10社とNTTグループの約420万本にのぼり、有価証券報告書は、何らかの要因で契約が解消されて電柱使用に支障が生じた場合には事業展開と業績に重大な影響が及ぶ可能性があると記した。他人の設備を借りて全国へ線を通すという事業の形は変わらず、変わったのは、その借用に契約と料金の裏づけがついたことであった[15]

出典・参考

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