筆者の見解
過信を戒めた総括の射程
この判断が際立つのは、事故の原因を機器の不具合や下請けの施工不良だけに求めず、『絶対にあるはずがない』と思い込む技術への過信という、組織の心のありようにまで踏み込んで総括した点にある。社長が原子力本部長を兼ねる制度、社外に置いた安全研究所、全社員に安全を最重点と意識させる仕掛け——いずれも、安全の責任を現場任せにせず経営の中枢に引き寄せようとする試みであったと思われる。トップ自身が誌上で『人災』と認めた率直さには、事故を組織として引き受けようとする構えがうかがえる。
それでも、過信を戒める言葉が組織の隅々に根づいたかどうかは、13年後の2004年に美浜3号機で起きた検査漏れの死亡事故が改めて問い直した。1991年に掲げた自主保安の徹底が、コスト効率を追う時代の圧力のなかで再びほころびを見せたとすれば、この総括はどこまで実を結んだのかという問いが残る。安全を経営の中枢に置く仕組みを構築することと、その仕組みが年月を経ても働き続けることとの間には、なお隔たりがあったのだろう。
Yutaka Sugiura, 2026年7月