決断
原子力の稼働率に、収益と信用の両方を預けてきた。1962年に若狭湾の福井県美浜町を建設地と定め、1970年に美浜1号機が電力会社として国内初の商用運転に入り、高浜・大飯を同じ湾沿いへ並べる集中立地で建設と運営の費用を抑えた。しかし1991年2月、美浜2号機で伝熱管が破断し、自主保安体制の立て直しを迫られた。2004年8月には美浜3号機で配管が破損し、11人が死傷して全原発が止まった。2019年9月には役員らの金品受領が露見し、指名委員会等設置会社へ移行した。原子力へ経営資源を集中した見返りとして、事故と不祥事が起きるたびに全基の運転が止まり、そのつど収益と立地地域の信用を同時に失った。
2019年9月 高浜町元助役からの金品受領
取締役数と社外取締役の比率2019 2020 2025 取締役(名) 13 13 13 うち社外取締役率(%) 30.8 61.5 61.5 2004年8月 美浜3号機の配管破損事故
業績の推移2003 2004 2009 売上高(兆円) 2.6 2.5 2.8 経常利益率(%) 6.7 7.4 -0.5 1991年2月 美浜2号機の細管破断事故