吉村清三
関西電力・元取締役社長
社長就任 1970年11月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学経済学部
出自 —
社長就任までの出自
出自
1908年に奈良県で生まれ、1933年に東京帝国大学経済学部を卒業した。1952年8月に経理部長、1954年11月に副支配人、1956年5月に支配人へ進み、1958年5月に常務取締役、1959年11月に取締役副社長となった。経理を出発点として本社の管理部門を歩き、社長に就任するまでの11年を副社長として過ごした。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1970年11月、芦原義重氏が会長へ移り、副社長だった吉村氏が社長に就任した。同じ月に美浜発電所1号機が営業運転を開始し、国内の電力会社として初の加圧水型原子力発電所が動き出している。1971年3月期の売上高は3232億円、経常利益は258億円だった。設備の拡張を続ける会社に経理畑の副社長を据える交代だったとみられる。
在任中の主な施策
施策
1973年の石油危機で燃料費が膨らみ、同年6月に電灯15.8%・電力35.2%の値上げを申請した。1954年10月以来19年ぶりの料金改定である。同じ年には大口需要家へのピークカットを9回発令した。前年の発令はなかった。1973年8月にはボイラーメーカーへ窒素酸化物の除去率保証を求めている。1974年3月期の経常利益は63億円と、前期の180億円から3分の1に減少した。1975年5月に副会長へ移った。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1934〜1975年
在任中の業績
就任前(FY69)2,893億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
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