筆者の見解
効率と安全のあいだで
この事故の核心には、原発への依存度が最も高い会社が、自由化のもとで効率を追ううちに、検査という地味な仕事の意味を痩せさせていった過程がある。設備投資も修繕費も定期検査の期間も削られ、点検は関連会社に委ねられ、リストの漏れは28年間だれの目にも留まらなかった。関西電力は事故後に全原発を止め、サポート子会社を分野別に集約し直したが、組織図を描き替えることと、現場で異常を捉える力を取り戻すこととは、必ずしも同じではない。安全文化のほころびという総括は、体制の組み替えだけでは埋めきれない距離を指していただろう。
経営責任の取り方が事故から8カ月を要し、社長の"降格"と会長の留任という形に落ち着いたことも、この判断のその後を象徴している。品質管理でデミング賞を受けた会社が、初歩的な検査漏れで5名の命を失う事故を起こした重さと、示された処分の軽さとの間には、埋めがたい隔たりがあった。効率を優先する経営が安全にどこまで踏み込んでよいのか——この問いは、のちの2011年以降の原発を取り巻く環境の激変のなかで、関西電力にいっそう重くのしかかっていくことになる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月