大阪有線放送社の創業は、宇野元忠氏が飲食店で目にした非効率の着想に発する[1]。店内の音楽が終わるたびに横のホステスが席を立ってレコードを替える様子から、レコード操作を一カ所で集中代行すれば効率的だと考えたのが事業の発端で、1961年6月に大阪市で個人事業として2チャンネル方式の有線音楽放送を開始した。[2]場所を取り客層に合わない曲が流れがちなジュークボックスや、店に押しかける流しの弾き語りを断る口実としても有線放送は飲食店に歓迎され[3]、加入軒数は開業から1か月で100軒、半年で300軒、1年で500軒を超えた。1964年の法人化時点で3000軒、1966年には1万軒に達し、発足当初は加入者の9割超を飲食店が占めた。[4]新譜を最も早く広範囲に流せる有線放送は『新人歌手のテスト市場』として機能し、森進一・千昌夫・青江美奈ら有線がきっかけで売れた歌手を相次いで生んだ。[5]
宇野元忠氏の事業拡大は『先手必勝』を旨とし、やがて伸びると見込んだ都市へ先行投資的に放送所を置く戦略で全国網を築いた。人口30万以下の都市への進出は無駄と言われたが、同氏は人口が1万あれば十分と考え、スケールメリットを重視して放送所を量産し、1か月で10か所を開設したことも離れ島に敷設したこともあった。[6]東京では当初、環状線の内側にしか有線放送がなく、1970年代後半に春日部・所沢へ放送所を置いて周辺を固めたうえで、1977年に中央部への本格進出を開始し、1983年7月に渋谷へ東京本部を開設した[7]。大半の業者が有線を飲食店相手の商売とみなすなか、同社は水商売以外へ市場を広げるべく学卒採用と人材育成を進めた。この先行投資型の全国敷設は電柱に無断でケーブルを張る無断使用工法と表裏一体で、許認可を取らない工事は1977年衆議院逓信委員会で問題視され、郵政省の告発を経て1985年8月20日に有線ラジオ法違反で宇野元忠社長ほか幹部が逮捕された。[8][9]総延長2万4000kmの道路不法占用、240万本の電柱無断使用が明るみに出て、年換算で道路使用料5億円・電柱使用料15億円の未払[10]いが認定された。事業の急成長は、先行投資型の全国網構築と、法令違反の対価として獲得した競争優位の上に立っていた。
1994年に同社は関係正常化宣言を出し、ケーブル新設時には電力会社・NTTから事前許可を取る方針へ転換した。2000年4月には過去の電柱使用料の遡及清算が完了し、郵政省へ有線放送ラジオ事業者として届出を受理された。[11]法令違反期の40年間で築いた店舗顧客網と全国敷設インフラは、許認可下の正規事業者として再出発した時点でも商業有線放送の国内シェア最大の位置を残した。同社の顧客基盤は飲食店・サービス業の店舗オーナーで、月額契約を続けるリピート顧客が経営の安定収入源となり、後年のUSEN-NEXT HOLDINGSが『830万事業者の顧客接点』と呼ぶグループ営業資産の出発点になった。
2000年4月、創業社名の大阪有線放送社[12]から『株式会社有線ブロードネットワークス』[引用元]に商号変更し、本社を東京都千代田区永田町に移した。2001年3月には東京都世田谷区・渋谷区の一部地域で光ファイバー・ブロードバンドサービスを開始、同年4月に大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場へ上場した[13]。BGM配信を主軸にしてきた事業会社が光ファイバーのラストワンマイル事業へ進出し、家庭向けISPサービスを直接運営する事業者へ転じた。
[14]1998年7月の父・宇野元忠氏の急逝で大阪有線放送の代表取締役へ就任したが、当初は父の会社を継ぐ気はなかった。インテリジェンスの社長を辞めて大阪有線放送のトップへ転じ、2000年の社名変更(有線ブロードネットワークス)、2001年の上場、2005年の無料動画配信サービス『GyaO』開始へとブロードバンド企業への転換を進めた。[15]BGM放送会社のままでは固定電話の置き換えで顧客接点が痩せ細るとの見立てが、ブロードバンドへの先行投資の動機だった。
2005年4月の『GyaO』開始は[16]、PCで視聴する広告モデル無料動画配信としては国内初期の事例で、2007年2月にはセットトップボックス『GyaO Plus』、同年6月にはテレビ向け有料動画配信サービス『GyaO Next』(現U-NEXT)を提供した。2004年12月にギャガ・コミュニケーションズ(現ギャガ)を子会社化、2008年9月にはインテリジェンスを株式交換で完全子会社化し、[17]人材派遣・映画配給・動画配信・有線放送を束ねるコングロマリットを志向した。だが2008年9月のリーマン・ショックで子会社株式の評価損が積み上がり、2009年8月期に連結純損失595億円を計上、月商も2008年8〜9月の80億円から2009年1月には30〜40億円へ半減した。
2009年2月、㈱USENの完全子会社である㈱ユーズマーケティングから新設分割でU'sブロードコミュニケーションズ(現U-NEXT HOLDINGS)を設立し[18]、家庭向け光ファイバー販売代理店事業を分離した。2010年7月に商号を㈱U-NEXTへ変更、同年12[19]月にはUSENから会社分割(略式吸収分割および簡易吸収分割)でテレビ向け有料映像配信サービス『U-NEXT』と個人向け光回線販売代理店事業を承継した。同時期、宇野康秀氏はUSENの代表取締役社長を退任し、U-NEXT代表取締役に転じた。父子で築いた800億円負債の処理は子会社売却と事業の切り分けで進められ、有線放送本体(USEN)と動画配信新会社(U-NEXT)は同じオーナーが率いる別法人として並走する体制になった。リーマン・ショックがブロードバンド一体経営を遮断した結果だった。
2009〜2010年の経営再建で、USENは銀行団から事業売却による有利子負債圧縮を強く求められた。インテリジェンスはUSEN連結ベースで売上利益貢献の柱だったが、有線放送との事業関連性が薄く、人材市場の低迷期で売却対価を確保できる時期に手放す判断が下された。同年に映画配給のギャガも投資ファンドへ売却し、宇野康秀氏が身を切られる思いと述べる縮退局面に直面した。約1100億円の累積損失を圧縮するための事業切り売りで[20]、コングロマリット解体は同社の選択肢ではなく前提条件だった。
連続売却の過程で、宇野康秀氏が手元に残す資産として選んだのが、当時連結純損失を計上していたU-NEXTの動画配信事業だった。本人は後年、買い手がつかず手元に残った唯一の事業がU-NEXTだったと振り返っており、ブロードバンド動画配信は2010年時点で広告モデル無料配信(GyaOブランド)の失敗が露呈し、競合のYahoo!(GyaO!ブランドを2009年に取得)にも追われる位置にあった。[21]U-NEXTを残した判断は短期的な事業価値ではなく、家庭向け定額制動画配信が10年単位で立ち上がる市場との見立てに基づいた。2010年12月にUSENから会社分割で『U-NEXT』事業を承継したU-NEXTは、[22]再出発時点で売上154億円・経常損失11億円(FY12、2012年12月期)の小規模事業者でしかなく、47歳の宇野康秀氏が『3度目の挑戦』と呼ぶ再起のための起点になった。
2012年5月にPC向けU-NEXTサービスを開始[23]、同年8月にスマートフォン・タブレット向け配信を提供し、家庭の固定端末から個人端末まで配信デバイスを拡張した。2014年12月に東京証券取引所マザーズ市場へ株式を上場し、資本金を17億7634万円に増資、2015年12月には東証一部[24]へ市場変更した。FY15(2015年12月期)の連結売上高は339.6億円・営業利益10.0億円で、ようやく黒字化を確保した。借金800億円から連続子会社売却を経て、コングロマリット型からBtoC定額配信ビジネスへの一点集中で同社は事業の自己再定義へ向かった。リーマン・ショックでの1100億円損失と、2009〜2010年の事業売却の苦渋は、後年の経営統合(USENとU-NEXT)の前提条件として記憶された。
2010年代前半のU-NEXTは、家庭向け定額制動画配信(SVOD)の事業基盤づくりに経営資源を集中した。Netflixの日本進出(2015年9月)以前から国内でSVODを運営する数少ない事業者で、[25]月額1990円(税抜)の料金体系と国内最大級のコンテンツラインナップ(映画・ドラマ・アニメ)を売りに会員数を積み上げた。[26]FY15のコンテンツプラットフォーム事業(U-NEXT前身)は売上120億円・利益9.0億円で、サブスク会員ベースの安定収益として開示された。配信プラットフォームの自社運営は、海外事業者と異なり国内コンテンツホルダー(テレビ局・映画配給会社・出版社)との直接交渉を経た独自調達網に支えられ、和製の映像作品・書籍・音楽のサブスク配信を一括提供する位置取りで差別化を図った。
2015年12月、U-NEXTは東京証券取引所市場第一部へ市場変更し、[27]家庭向け動画配信専業のSVOD事業者として東証一部上場の単独企業の位置を確立した。同月の市場変更時点での連結売上高は339.6億円、コンテンツ配信を担うコンテンツプラットフォーム事業の売上は120億円で、SVODと光回線販売代理店の二本立てだった。一方、有線放送本体のUSEN(USEN単体)は宇野康秀氏が会長として残りつつ、業績再建の途上にあった。コングロマリット解体後の旧USEN事業群は店舗向け音楽配信・業務用通信回線・店舗POS・店舗向け業務用システム(旧USEN-ALMEX)・新電力(USENでんき、2016年4月電力小売自由化を機に参入)を束ねた多目的セグメントで、月額契約の店舗顧客約75万事業者を抱えた営業資産として残った。[28]
2017年12月の経営統合は、USENとU-NEXT[29]という二つのオーナー会社を、宇野康秀氏が代表を務める持株会社の傘下で結び直す再構成だった。経営統合の目的は、USENが抱えた約75万事業者の店舗顧客網と、U-NEXTが運営するSVODの会員ベースを、グループ営業資産として束ねて顧客接点を交差利用することにあった。[30]U-NEXTはコンテンツ調達と配信プラットフォームに特化し、USENは店舗向け音楽配信・通信回線・店舗DXソリューションに特化する事業の役割分担を維持しつつ、グループ間の顧客クロスセル機会を設計する持株会社の解法を採用した。バブル崩壊後の日本企業がコングロマリット解体に向かう流れと逆方向で、宇野康秀氏は2010年に解体した同氏オーナーの企業群を、別形式(持株会社)で再統合する判断を下した。
2017年12月1日、U-NEXTを存続会社としてUSENを吸収合併し、商号を㈱USEN-NEXT HOLDINGSへ変更[31]、会社分割による持株会社体制へ移行した。USENが保有していた音楽配信・エネルギー事業はUSEN準備会社(同日付でUSENへ商号変更)へ吸収分割、ICT事業はUSEN ICT Solutionsへ、顧客開拓支援事業はUSEN Mediaへ承継させ、持株会社の直下に複数の事業会社を分業配置する形になった。資本金は経営統合に伴う減資で9,445万円となり、[32]宇野康秀氏は持株会社の代表取締役社長CEO、楽天野球団社長を経て2017年1月にU-NEXT特別顧問へ転じていた島田亨氏(インテリジェンス共同創業者の1人)が取締役副社長COOへ就任、[33]CFOには2009年から旧USENで財務再建を担った馬淵将平氏が常務取締役CFOで配された。[34]
経営統合後の事業ポートフォリオは、コンテンツ配信事業(U-NEXT、家庭向けSVOD)、店舗サービス事業(USEN本体、店舗向けBGM配信・店舗DX)、業務用システム事業(USEN-ALMEX、宿泊・医療施設向け精算機)、通信事業(USEN NETWORKS、法人向け光回線)、エネルギー事業(USENでんき、新電力小売)、メディア事業(求人媒体DOMO・店舗集客プラットフォーム)の6セグメントで構成された。FY18(2018年8月期、2017年12月の経営統合後初の通期決算)の連結売上高は1,079億円、営業利益60億円で、FY17(2017年12月期、経営統合直前)の連結売上高1,143億円・営業利益59億円から、決算期変更(12月決算から8月決算へ移行)に伴う変則会計期間を経て、グループ規模1,000億円台の事業体として再出発した。
経営統合後の宇野康秀CEOは、個人の存在に依存せず持続性のある組織をつくる必要性を強調し、事業会社25社超の代表取締役を権限委譲の対象とする運営方針を掲げた。[35]事業会社の社長権限を尊重し、持株会社CEOがグループ戦略・資本配分・M&Aを担当する分業設計は、2009年のリーマン・ショック後のコングロマリット解体期に、グループ全体を一人で抱えきれなかった反省から導かれた。事業を伸ばす人材像として売上規模や上場経験よりも、その事業が広がることで社会に及ぼす影響を語れる人物を据える哲学を社内外に発信し、グループ統合報告書のスローガン『必要とされる次へ。』[引用元](2022年2月)として明文化した。[36]
2017年12月の経営統合後、店舗向けBGMの旧USEN単体経営から店舗DXソリューションへ事業内容を組み替え、店舗向けPOS、配膳ロボット、業務用通信回線、新電力小売、デジタルサイネージへと商材を拡張した。『店舗顧客が新しく開店するときに、何らかの形で店舗責任者にアプローチができる体制がほぼ整っている』[引用元](決算説明会 FY26)という強みを活かし、店舗1件あたりの契約商材数を1.4から2へ引き上げるクロスセル戦略で、店舗顧客の月額契約LTV(顧客生涯価値)の向上を狙った。[37]FY19(2019年8月期)の連結売上高は1,758億円・営業利益82億円で、経営統合後の連結ベースで売上規模が前年比63%増へ拡大し、グループとしての営業実体が形になった。
2018年6月には中国系電子決済プラットフォーマーLakalaの日本法人ラカラジャパンと業務提携、2018年8月には店舗トータルソリューション領域でリクルートと業務提携、2018年10月にはキャンシステム[38](旧USEN系列のBGM配信子会社)の全株式を取得して完全子会社化した。事業領域はBGM・通信・SaaS・決済・人材紹介と多岐にわたるが、いずれも『店舗の月額契約顧客』を共通プラットフォームに据える設計を貫いた。コングロマリット解体(2009〜2010年)の反省を踏まえ、事業の関連性を『店舗顧客接点』という具体的なKPIで縛る運営に転じた点が、リーマン後の旧USENとは異なる。経営統合後の7期連続増収増益を支えた事業設計の起点になった。
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|---|---|---|---|---|
| 1961〜2009年大阪有線放送から「借金800億円継承」までの父子経営 | 大阪有線放送社として個人創業 | ★ | ||
| 電柱の無断共架をやめ、事前許可と共架料支払いへ切り替えた正常化 大阪有線放送社が1994年12月に正常化へ向けた取り組みの意向を郵政省などの協議会へ改めて示し、1995年7月には向こう6年間で全国の違法施設を正常化する計画を提出した。電柱への共架は事前の承諾と共架料支払いを前提とする形へ切り替えられた。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 宇野康秀 | 有線ブロードネットワークスに商号変更・本社移転 | ★ | ||
| 宇野康秀 | 光ファイバー・ブロードバンドサービスを東京都の一部地域で開始 | ★★ | ||
| 宇野康秀 | 大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場に株式を上場 | ★ | ||
| 宇野康秀 | アルメックスを株式交換により完全子会社化 | ★ | ||
| 宇野康秀 | テレビ向け動画配信サービスの提供開始 | ★★ | ||
| 2010〜2017年焦土からの再起と2017年USEN・U-NEXT経営統合 | 中村史朗 | インテリジェンスを米KKR系ファンドへ譲渡した連続子会社売却 2010年6月18日、USENは取締役会で連結子会社インテリジェンスの全株式譲渡を決議し、同日付で株式譲渡契約を締結した。譲渡先はKohlberg Kravis Roberts & Co. L.P.の関連ファンドが実質的に全株式を保有する特別目的会社で、7月29日に株券の受渡が完了した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 中村史朗 | 商号をU-NEXTに変更 | ★ | ||
| PC向け「U-NEXT」サービス開始 | ★ | |||
| 田村公正 | 東京証券取引所マザーズ市場に株式を上場 | ★ | ||
| 宇野康秀 | U-NEXTがUSENを吸収合併し持株会社体制へ移行した経営統合 2017年12月1日、U-NEXTを吸収合併存続会社、USENを消滅会社とする吸収合併を行い、商号を㈱USEN-NEXT HOLDINGSへ変更した。同日、両社の事業を6つの承継会社へ吸収分割し、持株会社体制へ移った。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2018〜2025年「9期連続最高益」と新中計Road to 2030 | 宇野康秀 | プレミアム・プラットフォーム・ジャパンを完全子会社化しU-NEXTと吸収合併 | ★★ | |
| 宇野康秀 | U-NEXTがTBSHDと資本業務提携 | ★ | ||
| 宇野康秀 | 有料動画配信サービス「Paravi」と「U-NEXT」のサービスを統合 | ★ | ||
| 宇野康秀 | U-NEXT HOLDINGSに商号変更 | ★ |
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事実根拠:出所(U-NEXT HOLDINGS)